ウクライナ語

ウクライナ語(ウクライナご、українська мова )は、インド・ヨーロッパ語族のスラヴ語派の東スラヴ語群に属し、キリル文字を使用する言語であり、ウクライナの公用語である。本国での話者人口は3680万人。

ウクライナ語
українська мова
画像の説明
画像の説明
発音 IPA: [ʊkrɐˈjinʲsʲkɐ ˈmɔʋɐ]
話される国 ウクライナ語 ウクライナ
モルドバの旗 モルドバ沿ドニエストル共和国の旗 沿ドニエストル共和国を含む)
ポーランドの旗 ポーランド
ウクライナ語 ベラルーシ
ロシアの旗 ロシア
地域 東ヨーロッパ
話者数 4,500万人
話者数の順位 26
言語系統
表記体系 キリル文字
公的地位
公用語 ウクライナ語 ウクライナ
沿ドニエストル共和国の旗 沿ドニエストル共和国
クリミアの旗 クリミア共和国
統制機関 ウクライナの旗 ウクライナ国立学士院
言語コード
ISO 639-1 uk
ISO 639-2 ukr
ISO 639-3 ukr
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スラヴ語派においてはロシア語ポーランド語に次いで第3位の話者人口である。ウクライナ語は1989年11月の言語法によって国家語と規定され、初等・中等教育でもウクライナ語化が進んでいる。11月9日ウクライナ語の記念日となっている。

ウクライナ国外においても、諸外国に住むウクライナ人によって使用されている。ウクライナ以外には、ロシアベラルーシカザフスタンポーランドカナダアメリカ合衆国などの南北アメリカ、オーストラリアなどにも話者がおり、それらを合計すれば約4500万人になる。

名称

日本において、太平洋戦争後は「ウクライナ語」と称されるのが一般的である。略記する際は、漢字表記「宇克蘭」から「宇語」、または以前使われていた表記「烏克蘭」から「烏語」も散見される。

系統

ウクライナ語

従来の言語系統論によると、ウクライナ語はインド・ヨーロッパ語族スラヴ語派東スラヴ語群に属するという。総合的言語の一つ。

文字

ウクライナ語アルファベットは33の文字字母)によって構成される。その文字は38の音素を表す。文字の他に、アポストロフという特別符号も含まれる。ウクライナ語の正書法は音素の原則に基づいており、1つの文字は普段1つの音素に相当する。正書法には、意義・歴史・形態の原則も用いられることがある。

文字には20の子音字(б, г, ґ, д, ж, з, к, л, м, н, п, р, с, т, ф, х, ц, ч, ш, щ)、10の母音字(а, е, є, и, і, ї, о, у, ю, я)、ならびに2つの半母音字й, в)がある。軟音記号ь)は音価がないが、前の子音の軟化(硬口蓋化)を引き起こす。

また、特定の子音は特定の母音の前で硬口蓋化する。例えば、子音のд, з, л, н, с, т, ц, дзは軟母音のє, і, ї, ю, яの間に軟子音となる。アポストロフは、正書法にしたがって子音の硬口蓋化を起こさないように用いられる。

アルファベットで用いる音素の原則には他の例外も見られる。例えば、щ /ʃt͡ʃ/, ї /ji/と, 前の子音を硬口蓋化しない場合のє /jɛ/, ю /ju/, я /jɑ/というの5つの文字は二つの音素を表す。дзджという連字は、普段、破擦音の/d͡z//d͡ʒ/を示す。е, у, аの前に位置する子音の硬口蓋化をє, ю, яで表記する。しかし、іの前に位置する子音の硬口蓋化は特別に表記されることがない。

他のキリル文字を使用するアルファベットに比べれば、ウクライナ語は東スラヴ語群の諸語アルファベットと類似している。一方、ґ、ї、єのようにウクライナ語固有の文字もある。ウクライナ語のアポストロフは初期キリル文字のъ(イェル)の機能を果たしている。

No. 現代文字 古字 国際音声記号
表記 呼称 ローマ字 ISO 9 表記 呼称 数詞
1 А а アー A a A a ウクライナ語  アーズ 1 [ɑ]
2 Б б ベー B b B b ウクライナ語  ブーキ [b] [bʲ]
3 В в ヴェー V v (W w) V v ウクライナ語  ヴィーディ 2 [ʋ] [ʋʲ] [w] [u̯]
4 Г г ヘー H h (G g) G g ウクライナ語  グラゴーリ 3 [ɦ] [x]
5 Ґ ґ ゲー G g Ģ ģ [ɡ]
6 Д д デー D d D d ウクライナ語  ドブロー 4 [d] [dʲ] [ɟː] [d͡z] [dzʲ] [d͡ʒ]
7 Е е エー E e E e ウクライナ語  イェースチ 5 [ɛ] [ɛ̝]
8 Є є イェー Ye ye (Je je) Ê ê [jɛ] [ʲɛ] [ɪi]
9 Ж ж ジェー Zh zh Ž ž ウクライナ語  ジヴィーテ [ʒ] [ʒʲː] [d͡ʒ]
10 З з ゼー Z z Z z ウクライナ語  ゼムリャー 7 [z] [zʲ] [zʲː] [d͡z] [d͡zʲ] [s] [sʲ]
11 И и ウィー Y y I i ウクライナ語  イージェ(八) 8 [ɪ] [ɪ̞]
12 І і イー I i Ì ì ウクライナ語  イジェーイ(十) 10 [i]
13 Ї ї イィー Yi yi (Ji ji) Ї ї [ji] [ʲi]
14 Й й ヨット Y y (J j) J j [j]
15 К к カー K k K k ウクライナ語  カーコ 20 [k] [ɡ]
16 Л л エル L l L l ウクライナ語  リューディ 30 [l] [lʲ] [ʎː]
17 М м エム M m M m ウクライナ語  ムィースリテ 40 [m]
18 Н н エン N n N n ウクライナ語  ナーシュ 50 [n] [nʲ] [ɲː]
19 О о O o O o ウクライナ語  オン 70 [ɔ] [o]
20 П п ペー P p P p ウクライナ語  ポコーイ 80 [p] [pʲ]
21 Р р エル R r R r ウクライナ語  ルツィー 100 [r] [rʲ]
22 С с エス S s S s ウクライナ語  スローヴォ 200 [s] [sʲ] [sʲː] [z] [zʲ]
23 Т т テー T t T t ウクライナ語  トヴェールド 300 [t] [tʲ] [cː] [d] [dʲ]
24 У у ウー U u U u ウクライナ語  ウーク [u] [u̯]
25 Ф ф エフ F f F f ウクライナ語  フェールト 500 [f]
26 Х х ハー Kh kh H h ウクライナ語  ヒール 600 [x]
27 Ц ц ツェー Ts ts C c ウクライナ語  ツィー 900 [t͡s] [t͡sʲ] [t͡sʲː]
28 Ч ч チェー Ch ch Č č ウクライナ語  チェールヴ 90 [t͡ʃ] [t͡ʃʲː] [d͡ʒ]
29 Ш ш シャー Sh sh Š š ウクライナ語  シャー [ʃ] [ʃʲː]
30 Щ щ シチャー Sch sch Š š ウクライナ語  シチャー [ʃt͡ʃ]
31 Ь ь ムヤクィイ・ズナク(軟音符) ' ´ ウクライナ語  イェリ [ʲ]
32 Ю ю ユー Yu yu (Ju ju) Û û ウクライナ語  ユー [ju] [ʲu]
33 Я я ヤー Ya ya (Ja ja) Â â ウクライナ語  マールィイ・ユス(小さなユス) [jɑ] [ʲɑ]

正書法・音声・音韻

母音

前舌母音 中舌母音 後舌母音
狭母音 [i] [і] [ɪ] [u] [u]
中母音 [ɪ] [ɛ] [ɛ] [o] [a] [ɔ]
広母音 [ɑ]

黒い文字は強勢音。青い文字は非強勢音。

文字 音素 強勢音 非強勢音 軟音の後の強勢音 軟音の後の非強勢音
А, Я 非円唇後舌広母音 /ɑ/, /a/ [ɑ], [a] [ɑ̽], [a] [ɑ̈], [а̇], [ӓ] [ɐ], [а̇], [ӓ]
О 円唇後舌半広母音 /ɔ/, /o/ [ɔ], [o] [ɔ̝], [o], [o], у] [ɔ̈], [о̇], [ӧ] [ɔ̽], [о̇], [ӧ], [ӧ], [о̇у], у]
У, Ю 円唇後舌狭母音 /u/, /у/ [u], [у] [ʊ], [у̇], [ӱ]
Е, Є 非円唇前舌半広母音 /ɛ/, /e/ [ɛ], [e] [ɛ̝], [eи], [ɪ̞], e] [ɛ] [e], [eі]
И 非円唇前舌め広めの狭母音 /ɪ/, /и/ [ɪ], [и] [ɪ̞], е], [ɛ̝], и]
І, Ї 非円唇前舌狭母音 /i/, /і/ [i], [і], [ı̽], и], [ɪ], [и] [i], [і] [i], [і], [ı̽], и]

黒い文字は国際音声記号青い文字はウクライナ語の文献で使用されるキリル文字の音声記号。

ウクライナ語の母音組織の特徴は、非強勢音の/ɪ//ɛ/の対立の中和である。異なる表記を持ついくつかの同音異義語が存在する。例えば:

  • мине́(去るだろう)‐мене́(私を)→ [mɛ̝ˈnɛ], [меине́]
  • наведу́(揚げる)‐на виду́(目の前)→ [nɑ̽wɪ̞ˈdu], [навиеду́]

子音の調音方法

子音
部位 舌頂 舌背
方法 両唇 唇歯 口蓋 後部歯茎 硬口蓋 軟口蓋 軟口蓋
    [m]       [n̪]     [nʲ]    
破裂 [p] [b] [t̪] [d̪] [tʲ] [dʲ] [k] [ɡ]  
破擦 [t͡s] [d͡z] [t͡sʲ] [d͡zʲ] [t͡ʃ] [d͡ʒ]        
摩擦   [f]    [s] [z] [sʲ] [zʲ] [ʃ] [ʒ] [x]        [ɦ]
     [r]    [rʲ]    
接近         [ʋ]    [l]    [lʲ]       [j]
  • 正書法はベラルーシ語同様、表音主義であるため、ロシア語等とは異なり、発音どおりに綴る傾向が強い。原則として、子音連続は認められていない。例;ロシア語Россия /rossija/ [rɐˈsʲijə] - ウクライナ語Росія /rosija/ [roˈsʲijə]。обличчя[ɔˈblɪt͡ʃʲːɑ]のような場合は子音が連続するが、発音は長子音となる(この単語の場合、「オブルィーチャ」ではなく「オブルィーッチャ」のように発音される)。
  • 硬母音Оに対応する軟母音(いわゆる「ヨ」)は、Оの前に子音Й、軟音記号Ьをつけて表す。例;цьогойому
  • ロシア語のЪが原則として接頭辞の直後にのみ現れるのに対し、それに相当するウクライナ語のアポストロフはそれ以外の位置にも来る。例;любов'ю
  • アクセントのある母音は強く、やや長めに発音する(ロシア語と比較した場合、それほど顕著ではない)。音声学的には、アクセントの無いところではиеに近い音に、оуに近い音に変化する(母音弱化)。例:дивитися(デヴィーテシャ)、зозулька(ズズーリカ)
  • И /ɪ/ は現在の正書法では語頭に来ず、Ї /ji/ は子音の後に来ない。
  • в - у の音の交替

в は語頭/音節の初めの母音の前や母音の間にある場合は/ʋ/と発音されるが、語末、摩擦音破裂音の前では/w/有声両唇軟口蓋接近音)、または/u̯/のように発音される。この音は決してアクセントを伴わず、音声学ではЎという文字を用いて区別して説明され、у нескладове(ウー・ネスクラドヴェー)(音節を形成しないу)と呼ばれる。基本的には、子音の前では/u/、母音のあとや語末では/w/となる。ただし、その発音については厳密にはいくつかに細分される(例えば、во/wɔ/と発音するなど)。例;вона (vona) /ʋoˈna/ 及び /woˈna/(ヴォナー、ウォナー)、мова (mova) /ˈmɔʋa/ (モーヴァ)、Львів (l'viv) /ˈlʲʋʲiw/リヴィーウ)、вдома (vdoma)/ удома(udoma) /uˈdɔma/ (前が母音の場合 /wˈdɔma/)(ウドーマ)

в-уの音は/ʋ/,/w/,/u̯/と3つあり、語中の位置や前後の音によって交替する:

1)/ʋ/ー母音і, и, е(, а)の前

2)/w/―単語の語末、及び子音の前、母音о, у, а(, е, и)の前

3)/u̯/ー母音の後ろ

  • в - у の表記の交替

字母 у で書かれる場合:

1)子音と子音の間にある場合

例:наш учитель / вихід у місто / Вони працюють у нас. / Світ учить розуму.

2)文頭にあり、次の文字が子音である場合

例:Учора відбулися змагання. У нас все гаразд.

3)次の文字が в 或いは ф である場合(前に来る文字が母音であっても常に у が書かれる)

例:Вона зайшла у фойє. / Він був у фотографа. / Це записано у вимогах до уроку.

4)文中の休止符(読点、コロン、セミコロン、ハイフン等)の後ろに置かれ、次に来るのが子音である場合

例:Синочки зросли-у школу пішли.

字母 в で書かれる場合:

1)母音と母音の間にある場合

例:Вона живе в Одесі.

2)母音が前にあって、в 或いは ф 以外の子音が後ろに来る場合

例:Пішла в садок у вишневий.タラス・シェウチェンコ

音韻的対応

  • ポーランド西部からウクライナ・ベラルーシにかけて、スラヴ祖語の/g/を有声声門摩擦音[ɦ]で発音する傾向がある。これはチェコ語・スロヴァキア語とも共通している。
  • І/i/、Ї/ji/はロシア語ではЕ/je/になっている場合が多い。これは、東スラヴ語群祖語のѢがウクライナ語では/i/、/ji/に、ロシア語では/je/に統合されたためである。例;Лето /ljeto/ - Літо /lito/(夏)

文法

名詞

名詞は、男性・中性・女性の3つの性に分かれ、単数形()・複数形()を持つ。 名詞の語尾は、男性名詞は子音、-й、-ь、-о、女性名詞は子音、-а、-я、-ь、中性名詞は-о、-е、-яである。子音で終わる女性名詞があり、яで終わる中性名詞の語尾も多彩であるため、性の見分けはやや困難である。

雄猫(男性) 雌猫(女性) 子猫(中性)
ウクライナ語  ウクライナ語  ウクライナ語 
кіт(キート) кішка(キーシュカ) кошеня(コシェニャー)
коти(コティー) кішки(キーシュクィ) кошенята(コシェニャータ)

名詞の格は主格対格属格所格与格具格呼格の7種類である。ロシア語とは異なり、呼格が存在するのが特徴である。

 名詞の活用 чоловік(男性名詞) місто(中性名詞) риба(女性名詞)
単数 主格 чоловік місто риба
対格 чоловіка місто рибу
属格 чоловіка міста риби
所格 чоловікові/чоловіку місті рибі
与格 чоловікові/чоловіку місту рибі
具格 чоловіком містом рибою
呼格 чоловіче місто рибо
複数 主格 чоловіки міста риби
対格 чоловіків міста риб
属格 чоловіків міст риб
所格 чоловіках містах рибах
与格 чоловікам містам рибам
具格 чоловіками містами рибами
呼格 чоловіки міста риби

形容詞の活用は以下の通りである。

 形容詞の活用 гарний
男性 中性 女性
単数 主格 гарний гарне гарна
対格 гарний(活動体)/гарного(不活動体) гарне гарну
属格 гарного гарного гарної
所格 гарному/гарнім гарному/гарнім гарній
与格 гарному гарному гарній
具格 гарним гарним гарною
呼格 гарний гарний гарна
複数 主格 гарні
対格 гарні(活動体)/гарних(不活動体)
属格 гарних
所格 гарних
与格 гарним
具格 гарними
呼格 гарні

人称代名詞

単数 複数
一人称 я -私は〈I〉 ми -私達は〈we〉
二人称 ти -君は〈you〉
ви -貴方は〈敬称〉
ви -貴方達は〈you〉
三人称 він -彼は〈he〉
вона -彼女は〈she〉
воно -それは〈it〉
вони -彼らは
彼女らは
それらは〈they〉

表中は全て主格を用いている。

歴史

ウクライナ語 
『ペレソープヌィツャの福音』の細密画。古ウクライナ語の書籍の一つ(1561年)
ウクライナ語 
ロシア帝国におけるウクライナ語の分布(1897年)
ウクライナ語 
現代のウクライナを中心としたウクライナ語の分布(2001年)
ウクライナ語 
ロシア語公用語化反対論者による風刺画。左のロシア語を表す(ロシア語で「言語」と書かれたシャツを着た)大男は、右のウクライナ語を表す(ウクライナ語で「言語」と書かれたシャツを着た)少女に対しロシア語で「嬢ちゃん退いてくれよ。アンタ、俺のこと圧してるんだよ」と文句を言っている

ウクライナ語は、東スラヴ人の最古の国家であるキエフ・ルーシの崩壊後、ロシア語ベラルーシ語とは別の独自の発展を遂げてきた。長らくポーランド王国の影響下に入った西ウクライナからドニプロ・ウクライナにかけての地域(ルテニア)ではポーランド語の影響がより強く見られ、ベラルーシとともにリトアニア大公国の支配下に入った北ウクライナからドニプロ・ウクライナにかけての地域では、ベラルーシ語の特徴であるアーカニエ英語版аканье)の欠如などベラルーシ語の影響が見られた。キーウを含む東ウクライナが、ヘーチマン国家としてポーランド・リトアニア共和国の支配下から脱した17世紀以降、ヘーチマンの庇護の下、ドニプロ・ウクライナを中心にウクライナ語文化の著しい発展が見られた。また、ポーランド王国のもとに留められた西ウクライナでは、リヴィウを中心にウクライナ語文化の独自の発展が見られた。だが、その後ヘーチマン国家はモスクワ大公国ロシア帝国のより強い影響下に置かれるようになり、18世紀のうちには東ウクライナは完全にロシアに併合された。その後、ポーランド分割を経てウクライナの大半はロシア帝国の領土に収められた。ロシア帝国の強力な中央集権体制の下で、ウクライナ文化は分離主義的であるとして弾圧され、ウクライナ語の使用も制限されるようになった。ロシア帝国では、1863年ヴァルーエフ指令1876年エムス法英語版: Эмский указ)により、ウクライナ語という言語の存在は認められておらず、これを「ロシア語の小ロシア方言」と規定し、さらに公式文書や「純粋な」文学作品などはすべてロシア語で記述されていた。

ウクライナ文化圏では、従来ロシア語、ポーランド語、ドイツ語、そしてウクライナ語などの複数の言語による舞台用喜劇脚本が多く著されてきた。そうした中で、初めてのウクライナ語文学と認められているのはポルタヴァイヴァン・コトリャレーウシキーによって18世紀末に書かれたパロディー叙事詩エネイーダ』であった。コトリャレウスキーはオペレッタナタールカ・ポルターウカ英語版』(ウクライナ語: Наталка Полтавка)でも知られ、ウクライナ近代文学の祖とされている。これらは、いずれも喜劇やパロディーという性格を持ち、当時は「純粋な」文学からは明確に区別された分野の作品であった。ニコライ・ゴーゴリなどのようなより「純粋な」作品を書いて世に認められることを望む作家は19世紀を通じてロシア語での執筆活動を続けた。この時代の作家は、ウクライナ語=小ロシア方言で書いて文壇に認められることはありえなかった。

ウクライナ語の歴史は、文語として長らく用いられた教会スラヴ語口語として用いられたいわゆるウクライナ語との関係の間に成り立っていた。現代ウクライナ語の父とされるタラス・シェフチェンコは、ウクライナ語の豊富化を図るため積極的に教会スラヴ語からの借用を行った。しかし、このやり方はのちの作家・言語学者に拒否され、以降ウクライナ語は口語を中心に外来語や各地の方言を取り入れて発展させられていくことになった。イヴァン・フランコレーシャ・ウクライーンカも、ウクライナ語の発展に大きな貢献のあった人物として知られる。

ウクライナ化政策の採られた1920年代ウクライナ社会主義ソビエト共和国では、1927年に初めての正式な正書法である「1927年正書法(ハルキウ正書法)」が定められた。しかし、これは1930年代の反ウクライナ化政策の時代に改竄され、ロシア化が行われた。

1999年に制定された「プロジェクト1999」は、現代ウクライナ語をこの「1927年正書法(ハルキウ正書法)」を基に整備しようとする試みであった。この正書法は基本的にポルターヴァの方言に拠っていると言われ、それに西ウクライナ・ハルィチナーなどの方言が加えられている。ただし、西ウクライナ方言にはポーランド語チェコ語の影響が強く、正書法に定められた中東部のウクライナ語とは語彙や語法とは差がある。ちなみに、この「プロジェクト1999」は2003年に廃止となり現在は公的な立場を持たないが、学者、文筆家に限らず広く市民の間に支持者がおり、しばしば印刷物、テレビ等で見られる。

ソ連末期の「言語法」によってウクライナにおいてウクライナ語は唯一の国語(日本語で言うところの公用語の立場)とされ、独立以降もその立場を維持し続けている。その一方で、ウクライナ国内でも東南部を中心にロシア語話者が多いことから、ロシア語の第二国語もしくは公用語化を掲げる政治勢力も一定の影響力を保っている。しかし、ヴィクトル・ヤヌコーヴィチなどロシア語話者の政治家が、政治家として活動するために、ウクライナ語を習得しており、必ずしも二項対立では説明しがたい。

ウクライナにおける言語を巡る状況は個人レベルでも複雑であり、独立以後も一部でロシア語排除を唱える人々、またウクライナ語を蔑視する人々、その衝突を将来的な分裂の要因のとして危惧する考えがある。また、「スルジク」と呼ばれる混用語、すなわちウクライナ語を運用する際、ロシア語語彙を大量に混用している現状も顕著である。さらには、「より純粋なウクライナ語の」表現として、古い語彙を復興させる動きも一部で盛んである。

方言

ウクライナ語 
ウクライナ語の方言と訛り(2005年)。

19世紀後半以降、ウクライナ語において三つの方言が区分される。各方言は地域毎の複数の訛りを含んでいる。

  • 北部の方言

ポリーシャ方言とも呼ばれる。北ウクライナと南ベラルーシに分布している。ベラルーシ語との共通性が見られ、中世のルーシ語の特徴を数多く有している。

  • 南東部の方言

コサック方言とも呼ばれている。中部・東部・南部ウクライナと、南ロシア、特にクバーニ地方に分布している。ロシア語テュルク諸語語彙の影響を受けている。

  • 南西部の方言

紅ルーシ方言とも呼ばれる。ウクライナの南西部の外に、モルドバルーマニアスロバキアポーランドセルビアカナダ米国に分布している。西スラヴ諸語と共通性とドイツ語の影響が見られる。

ヴォルィーニポジーリャの訛り群:

ハルィチナーブコビナの訛り群:

カルパティアの訛り群:

語彙

主な単語

主な表現

  • はい Так. ターク
  • いいえ Ні. ニー
  • おはようございます Доброго ранку. ドーブロホ・ラーンク
  • こんにちは Добрий день. ドーブルィイ・デーニ
  • こんにちは Добридень. ドブルィーデニ
  • こんばんは Добрий вечір ドーブルィイ・ヴェーチル
  • おやすみなさい Добраніч ドブラーニチュ
  • やあ、どうも、こんにちは (最も一般的な挨拶) Привіт. プルィヴィート
  • さようなら До побачення. ド・ポバーチェンニャ
  • ありがとう Дякую. ジャークユ
  • ありがとうございました Дуже дякую. ドゥージェ・ジャークユ
  • ごめんなさい Вибачте. ヴィーバチュテ
  • お願いします Прошу (вас / тебе). プローシュ(・ヴァース / テベー)
  • お願いします Будь ласка ブージ・ラースカ
  • はい、いいですよ、よろしい Добре. ドーブレ
  • はい、よし Гаразд. ハラーズド
  • オーケーです、大丈夫です、問題ありません、いいですよ Нормально. ノルマーリノ
  • だめです、悪い Погано. ポハーノ
  • だめです、してはいけない Не можна. ネ・モージュナ
  • 私(女)はおなかが空きました Я голодна. ヤー・ホロードナ (男性の場合はЯ голодний. ヤー・ホロードヌィイ)
  • お名前は? Як Вас ( / тебе) звати? ヤーク・ヴァース( / テベー)・ズヴァーティ?
  • 私の名前は()です Мене звуть (). メネー・ズヴーチ・()
  • 私はあなたを愛してます Я вас кохаю ヤー・ヴァース・コハーユ(本来は身近でない相手に対する言い方。丁寧語)
  • 私は君を愛してます Я тебе кохаю ヤー・テベー・コハーユ
  • 私はあなたが好きです Я вас люблю. ヤー・ヴァース・リュブリュー (本来は身近でない相手に対する言い方。丁寧語)
  • 私は君が好きです Я тебе люблю. ヤー・テベー・リュブリュー (本来は身近な相手に対する言い方。)
  • 私はこれが好きです Я це люблю. ヤー・ツェー・リュブリュー

ウクライナ語由来の日本語外来語

日本語のウクライナ語転写

必ずしも日本語の発音通りとはならないが、日本語をウクライナ語アルファベットで表記する場合には以下のようなものが用いられている(大文字で表示)。ウクライナ語話者の間で日本語を勉強する人口がそれほど多くないこともあり、あまり研究されているとは言えないが、ソ連時代に盛んに行われたロシア語による日本語研究を背景に転写法は十分に整備されているといえる。

また日本では、ソ連時代のウクライナで起きた歴史的出来事については、ハリコフ攻防戦チェルノブイリ原発事故のようにロシア語地名で表記することが多く、ウクライナ語の地名は一般に普及しているとは言い難い。

公式にはウクライナの地名はウクライナ語に沿った表記が求められるが、下記のようなロシア語名の方が有名であったり一般に知られている例も多かった。しかし2022年にロシアがウクライナに侵攻して以降、日本国内でもウクライナ語に沿った表記に変える動きがあり、3月31日には日本政府が公式表記の変更を決定した。

ただし、セヴァストポリヤルタなどのようにロシア語とウクライナ語の発音差がほとんどない都市もある。

ウクライナ語では「母音」となる。この他、ウクライナ語の仕組みに従い、日本語の「や行」も母音扱いされる場合がある。

  • あ段 - А
  • い段 - І
  • う段 - У、ただし、「です」 (DESU) のように「短いう」であるとウクライナ(ソ連)の研究によって判定されているものに関しては、「У」ではなく「Ў」を用いることもある。
  • え段 - Е
  • お段 - О

ウクライナ語では「子音+母音」となる。

  • か行 - К
  • さ行 - С、ただし、「しゃ、し、しゅ、しぇ、しょ」については「С+軟母音」で表す場合と「Ш+硬母音」で表される場合がある。
  • た行 - Т、ただし、「ちゃ、ち、ちゅ、ちぇ、ちょ」については「Ч」で表される場合が多い。
  • な行 - Н
  • は行 - Х、ただし、「Г」で表される場合もある。また、「ふ」は「Ф」が用いられる場合が多い。
  • ま行 - М
  • や行 - 「や、い、ゆ、いぇ、よ」の順に「ЯІЮЄЙО」で表されることが多い。小さい「ょ」については「ЬО」が用いられる。
  • ら行 - Р
  • わ行 - В、ただし、これでは「ヴァ行」の発音になってしまうため、「わ、うぃ、う、うぇ、うぉ」を表すために「У+母音」という方式が採られることもある。「を」は「お」と区別されない場合が多い。
  • が行 - Ґ、ただし、「Г」が使用される場合もある。鼻濁音は表記されない。
  • ざ行 - ДЗ、ただし、「З」が用いられることも多い。「じゃ、じ、じゅ、じぇ、じょ」に関しては発音の類似上「ДЖ」が用いられるが、「Ж」で代用されることも多い。
  • だ行 - Д、ただし、「ぢゃ、ぢ、ぢゅ、ぢぇ、ぢょ」に関しては「じゃ、じ、じゅ、じぇ、じょ」の場合と同様の表記が用いられることが多い。
  • ば行 - Б
  • ぱ行 - П

その他

  • ん - Н、ただし、発音は日本語の「ん」とは大きく異なり「ぬ」という印象が強い。
  • ヴ - В

中澤式

中澤英彦による日本語のウクライナ語転写:

Б
В
Г
Ґ
Д
Ж
ДЖ
З
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関連項目

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