日本の学校給食(にほんのがっこうきゅうしょく)とは、日本において小学校や中学校などで一定の特定多数人のために専門の施設を用いて組織的・継続的に提供される給食。日本において単に「給食」といえば、この学校給食のことを指す場合が多い。
日本では、小学校や中学校などで給食が提供されており、調理作業の能率化、調理場施設における衛生管理や栄養管理が行われている。
各自治体など学校運営者の方針によって事情は異なるが、公立学校では基本的に幼稚園から小学校を経て、中学校までが一般的で、他に定時制(主に夜間)高等学校で給食が提供されている。私立学校においても幼稚園と小学校に限っては実施しているところが多い。特別支援学校では、幼稚部から高等部までの全学年が給食が提供されている。そのため、高等部を単独で設置する高等支援学校でも給食が実施されている。一部の全日制高等学校においても給食を実施する例もある(ただし、全日制高等学校などでの給食は学校給食法上の「学校給食」ではない。「#法令上の定義」を参照)。学校給食法では、義務教育諸学校の設置者は、当該義務教育諸学校において学校給食が実施されるように努めなければならないとされている(学校給食法第4条)。また、国及び地方公共団体は、学校給食の普及と健全な発達を図るように努めなければならないとされている(学校給食法第5条)。
なお、学校給食による教育効果を促進する観点から、1950年(昭和25年)に1月24日から1月30日までの1週間を「全国学校給食週間」としている。
学校給食法第2条は義務教育諸学校における教育の目的を実現するため学校給食を実施するにあたっての目標が規定されている(以下は条文の各号)。
日本の学校給食の発祥の地は、山形県西田川郡鶴岡町(現・鶴岡市)の私立忠愛小学校である。1889年(明治22年)、弁当を持って来られない児童のために無料で食事を配ったのがルーツとされる。当初はおにぎりと塩鮭の焼き魚、菜の漬物という簡素なものであった。その後、各地で尋常小学校の欠食児童や虚弱体質の児童への対策として、パンなどが一部の学校で配られるようになった。福島県では、1906年(明治39年)に複数の村で欠食児童にパンや餅、麺類が配られた記録がある。
1919年(大正8年)には、日本の栄養学の祖である佐伯矩の支援により、東京の小学校でパン給食が実施された。
1920年代以降、児童の栄養不良を改善する保健事業の一環として給食を実施する学校が増加し、1929年(昭和4年)時点で、学校給食を実施した学校は204校、給食費は合計で約2万9,000円を数えた。1930年代に入ると、1931年(昭和6年)の昭和恐慌による欠食や栄養不良の児童の増加に対応するため、文部省は1932年(昭和7年)9月に学校給食臨時施設法を制定した。同年12月に全国に先駆けて群馬県甘楽郡甘楽町立福島小学校(当時は福島尋常高等小学校)が医師の齋藤寿雄がてがけた児童の栄養改善事業をとりいれた「栄養給食」を開始した。これ以降、都市部を中心に学校給食を実施する学校が増加し、1938年(昭和13年)には約1万2,000校で約60万人の児童に対し延べ4,405万人分の給食が提供され、約150万円まで増加した。しかし、1940年代に入ると日中戦争に伴う物資不足や食糧事情悪化の為に中断が相次ぎ、出されてもすいとんの味噌汁といったこともあった。1944年(昭和19年)に6大都市(東京、大阪市、愛知県名古屋市、京都市、神奈川県横浜市、兵庫県神戸市)の国民学校で米や味噌を特別配給して実施された給食を最後に、日本の学校給食は一時途絶えた。
第二次世界大戦が終結した1945年(昭和20年)8月以降、旧日本軍が放出した缶詰などの物資や日本を占領したアメリカ合衆国、外国からの食料援助(1946年からのララ物資など)によって、児童の欠食対策として徐々に給食は再開された。アメリカ合衆国では、1930年代より余剰作物の有効活用として学校給食の援助がスタートした[要出典]。第二次世界大戦後のアメリカのヨーロッパに対する支援が一段落し、溢れるアメリカの農畜産業の余剰小麦のはけ口(平和のための食料)として日本がターゲットとなり、日本国内の小麦消費拡大運動の展開の一環として学校給食も対象となった。学校給食は、極端な米飯食重視だった日本人の食生活を大幅に変容させ、日本にパンや乳製品の消費が定着する一因ともなった。なお、小麦の調達費は1947年(昭和22年)から占領地の救済のために予算化されたガリオア資金によって賄われた。
1947年(昭和22年)1月、東京都でララ物資による副食のみ学校給食が再開した。1950年(昭和25年)、文部省は2学期から全国で小学校での完全給食を実施すると発表。食糧事情の改善により、小学校では1952年(昭和27年)4月からは全国で改善給食が実施された。同時に給食の目的は「欠食児童対策」から「教育の一環」(食育)と位置づけられた。この間、1951年(昭和26年)にガリオア資金が打ち切られることになったことから、保護者や地方からの要望や学校関係者の陳情を元に、1954年(昭和29年)には「国民の食生活の改善」を目標に学校給食の範囲や経費等を定めた「学校給食法」が制定され、財政力の弱い地方自治体でも地方交付税交付金と補助金によって全児童への完全給食が可能となり、現在の体制が構築された。
高度経済成長を経て日本が豊かになるにつれて、学校給食の内容は大きな変遷を遂げた。1960年代から1970年代前半にかけて脱脂粉乳が牛乳に変わり、1976年(昭和51年)には米飯給食(後述)が制度上位置づけられ、1980年代以降、全国的に普及した。日本人の食事が洋食化するにつれ米の消費量が減った。当初パン食が中心だったのは、日本にパンを根付かせて小麦の輸出を拡大したい米国の意図があったと言われるが、「日本人の伝統的な主食は米」という考えやメニューのおかずによっては食パンは合わない、余った古米、古古米の処理などのためにも米を出すようになった。
さらに、パンをクロワッサンに、汁物をトムヤムクンやボルシチにするなど、従来あまりなじみのなかったメニューも供されている。食物アレルギーを持つ児童生徒に対応した特別食を作る場合や、ハラールのために特定の食べ物を食べることができないという児童生徒に対応した特別食を作る場合もある。
日本の学校給食法施行規則第1条で定められている区分(以下は法令上の定義による)。
2009年の文部科学省の調査では、日本での完全給食実施率は小学校で98.1%、中学校で76.2%であった。
静岡県浜松市では慣例として1978年から、小中学生が週1回家庭から米飯を学校に持参し、給食として提供するおかずとともに昼食をとる「持参米飯」が実施されていた(浜松市に合併した旧浜北市や旧雄踏町でも実施されていた)。持参米飯は朝にご飯を炊いてもらうことで朝食をとる機会を増やすこと、給食費を抑えることを目的にしており、2021年5月時点で10校で持参米飯が実施されていた。しかし、合併後、旧市町で異なっていた給食費の金額等を統一し、給食費の管理を各校ではなく市が一括管理する「公会計化」が導入されることになり、保護者からも持参米飯は準備が大変で、食中毒が心配などの声も強まっていたことから2022年度から廃止されることになった。
このほか、おかずの調理は単独調理で行うが主食の米飯、パンなどは給食センターから配送されるハイブリッド方式や、親子方式と呼ばれる方式(1校の給食室で調理した給食を近隣校にも配送する方式)がある。
時代によって食文化が変容すると共に給食のメニューもまた様変わりしている。
1980年代からは食育という「食事の教育的側面」が注目されるようになっている。行事との関連を図ったり、食を通した郷土や異文化を理解したりさせたりすることが狙いとして挙げられる。
学校給食は学校内で全て同一の分量が出るわけではなく、いくつかの種類に分けられている。一例としては小学校低学年、中学年、高学年、中学校・教職員と4段階に分け、分量をそれぞれ設定するなどがある。ただし、これらの規定は「同学年=同年齢」という年齢主義に基づいているため、想定年齢より高年齢の在学者に対しても、その学年用の給食が支給されることになる。
なお、以下では学校給食において特筆される食品についてのみ述べる(給食と献立の構成も参照)。
給食に、国産食材を使った和食を増やすことを求めて活動している団体(和食給食応援団)もある。
給食一般における食器については「給食#食器の選定」を参照。
学校給食以外ではあまり見かけない食器として先割れスプーンがある。スプーンの先端がフォークのように割れたこの食器は、スプーンとフォークの役割をこなせて、しかも両方準備する手間がはぶけるとして学校給食の現場に普及した。しかし、1980年代頃に「スープがこぼれるので食器に顔を持っていく犬食い(犬や猫などのペットや、家畜が、餌の入った容器に頭を突っ込んで食べるさまに酷似していて、無作法である)になる」「箸が使えなくなる」「食べづらい」といった批判がなされ、徐々に姿を消した。今日学校給食では箸やスプーン、フォークが提供されている学校が多く、箸の訓練になるようにと、通称児童箸と呼ばれる、先端部に刻み目をいれることで食品を掴みやすく工夫された箸を使用する地域もある。
合成樹脂製食器は一時、食器点数の軽減による管理の簡便化を目的として、ランチプレートと呼ばれる全ての料理を一枚のプレートにある各々の窪みによそう(現在でもお子様ランチにみられる。また軍隊などにおける通常の食事もこれと同様である)様式が用いられた。しかし日本では椀等の食器を持って食べるという文化があり、また、前出の犬食い問題もあって中止された。
また、食器に素材については学校給食草創期からアルマイト製の食器が主流であったが、1970年代後半には軽量で扱いやすいポリプロピレン製食器の導入も始まった。しかし、1976年に東京都でポリプロピレン食器から添加剤のジブチルヒドロキシトルエンが微量ではあるものの溶出されることが明らかにされると、東京都練馬区などで使用を中止する事例も見られた。その後、メラミン製やポリカーボネート製の食器の導入も見られたが、こちらも2000年代に樹脂の添加剤であるビスフェノールAが検出される例があり物議を醸したことがあった。
なお、山形県の山形市、長井市、天童市では米飯給食の日に児童生徒がご飯用の空の弁当箱を持参する「から弁」と呼ばれたシステムがあった。これはもともとセンター方式の給食施設を整備した後、米飯給食が導入されたときに施設が米飯給食を前提にしていなかったため、児童生徒数千人分のご飯用食器を保管するスペースがなかったために始まった(天童市では昭和50年代後半に「から弁」の制度が始まった)。しかし、保護者から廃止を求める声が強くなり、山形市や長井市で廃止された後、山形県内で唯一残っていた天童市でも2022年7月に廃止された。
学校給食ではランチルーム方式やバイキング方式も多くなってきている。
一般的な学校給食は、朝からの4時間授業の後、正午過ぎ〜午後1時の間に配膳され食し後片付けを済ませる。ただし、定時制学校では時間帯や量が異なる。
配膳は児童生徒による交代制により行われ、これを給食当番という。給食当番の主な仕事として、以下が挙げられる。なお、給食の調理及び食器類の洗浄は調理場にて一括して行われ、給食当番は一切関与しない。
当番の期間は学校や学級担任の考え方によって様々であるが、多くは一週間程度で、当番は数人で構成している(あらかじめ決められた班によるローテーション制が多い)。エプロン(白の他、色々な色のものがある)、三角巾(または帽子)、マスクなどを着用し、マスク(場合によっては三角巾なども)を除いた着用具は洗濯をした後、次の当番へ渡す。なお、当番に教師は含まれない。マスクや洗濯のために持ち帰った着用具は忘れ物となりやすいため、「着用具類の忘れ物が一定以上あると、罰則としてもう一週間当番をしなければならない」など忘れ物防止のために学級によって様々なルールが作られている。
白衣・帽子・マスクは給食当番の人のみ着用し配膳の仕事が終わるとそれらを脱ぎ給食を食べるのが一般的だが、学校のきまりやクラス担任の指導方針の違いにより以下のようなパターンがある。
給食時間は、学校により異なるが放送が行われることが多い。校内の放送室を利用したもので、全校に向け放送される。今日の給食の紹介、及び児童生徒による音楽を流したり話をすることからなる。各教室のテレビを利用してビデオプログラムを上映することもある。ただ一部の生徒からは「放送中喋ることができない」というルールにより快く思われていない面もある。
学校給食法第2条に定める学校給食の目標に従い、学校給食を通した食育(食事を通した食に関する教育)が行われている。様々な食材をバランスよく摂取する指導、地元の素材や食器を使い、正しい食事作法を身につける指導などが実践されている。
かつての管理教育全盛時代には、「栄養欠乏の改善」、「偏食や野菜嫌いなどを矯正する」「食べ残しをしない生活習慣を身につける」「集団におけるマナー」などの観点から、残すことを禁止する教師が多かった(全部食べきるまで昼休みの時間もずっと残されて強制的に食べさせられた)。しかし、食物アレルギーに対する配慮などから、残すことを禁止する風潮は減りつつある。特に症状の重い(そばアレルギーによるアナフィラキシーなど致命的な拒否反応が出る)児童・生徒は、学校側との交渉の上、給食をとらずに弁当を持参することが認められるケースもある。また、食べる前に食べられる量まで減らすように指導する教員も増えている。
1970年代前半まで、地域によっては給食を食べ残すことは禁止されている場合があり、放課後まで残されて残さず食べることを強要されたり、「三角食べ」と称する食べ方を強制されたりする場合もあった(管理教育#管理教育の地域性を参照)が、これらの行為は逆に反教育的であるとして行われなくなってきている。場合によってはいじめにも繋がることもある。食生活の指導を一般教員が行うことには限界があるという例である。また、「三角食べ」は栄養不足時代の指導だとする指摘がある。
学校給食はメリットもあるが、集団活動の一環でもあり、問題も多く発生している。ここではまず列挙程度で述べられるいくつかのトピックを示し、個別に掲げるべき問題、すなわち宗教的配慮、アレルギー対策、給食費問題、廃止論は別途節を切って論ずる。社会現象の節で取り上げた事柄も一部は問題としての側面もあるので、併せて参照されたい。
学校給食では、ある特定宗教の教徒には戒律で食べられないものが出ることがある(食のタブー、特にイスラム教におけるハラールを参照)。
1999年4月、三重県津市の白塚小学校のイスラム教徒であるバングラデシュ人児童のために提供していた代替食の提供を突然止めた問題があった。イスラム教徒は宗教上の理由で豚肉や豚由来の食品を食べることができない(不浄として禁じている)ため、白塚小学校では献立に豚肉が含まれる場合に鶏肉などを使った別メニューを提供していた。しかし、津市の教育委員会が「文部省(当時)の基準をもとにした市の衛生管理基準に反している」という理由でこの代替食の提供の打ち切りを小学校に指導し、小学校側は代替食の提供を止めた。この事が異文化や宗教の無理解、外国人差別、国際感覚の欠如として問題となった。文部省(現・文部科学省)学校健康教育課は、アレルギーなどの理由である食品が食べられない児童らに代替食を提供するなどの対応を認めた手引きを出しており、津市のいう「特別食」はダメとはしていない。逆に「宗教的理由でも弾力的な配慮があってもいい」としている。『中日新聞』2000年1月29日付によると、上記「特別食」は1999年9月中に再開された。
2011年9月、文京区教育委員会が同区立中学校に通うインドネシア人生徒のために豚肉を除去した代替食を提供することを拒否している。文京区教育委員会によると「アレルギーの場合は生命の危険性があるために代替食を提供するが、宗教的なことに関しては個人的な理由として提供できない」と説明している。
また、一部ではハラールはワガママに過ぎず「郷に入れば郷に従え」に反するという意見もある他、ハラール食は手間がかかるので通常の給食費よりも割高増額で対応する所もある。
2003年時点で生徒の約1.3%(80人に1人)が何らかのアレルギーを申告しているが、自治体、学校側の対策は不十分な状態となっている。
対策としては
などがあるが、経費が掛かりすぎるためアレルギーに対応できない学校も多いという。また、アレルギー対策が不充分であったために、 2012年12月20日に調布市立富士見台小学校にてチーズ入りチヂミを誤食した女児がアレルギー発作で死亡事故が生起した。
アレルギー対策を踏まえた食材調達を望む声があるが、食材は都道府県で設立されている学校給食会が窓口となって調達しているため、個別の配慮や要望が届かない場合がある。福岡県福岡市では、2020年度より主食に関して学校給食会を通さない調達を始めた。
日本国憲法第26条第2項後段は、義務教育を無償とすることを規定している。しかし、この無償となる費用に、給食費などの授業料以外の費用は含まれないとする判例がある。学校給食法第11条は、学校給食の経費(以下、給食費)について、学校設置者と児童・生徒の保護者が負担することと規定している。
昨今、支払う余裕があると判断されたにもかかわらず、意識的に給食費を支払わない保護者が問題視されている。給食費を支払わない保護者の言い分としては、「給食の契約を結んでいない」「義務教育だから払う必要が無い」「支払う余裕がない」、中には「催促に来るのは、まるで借金取りみたいだ」「(払っていないからといって)給食の提供を停止できるのなら、停止してみせるべきだ」という意見も報道されている。また、生活保護を受けている世帯では滞納せざるを得ないケースが多いという(生活保護費や就学援助費に含める形で給食費用が上乗せして支給される制度があるが、周知されていないと指摘する声がある)。再三の支払い催促も無視する者がおり、給食費を回収に来た職員を保護者が殴った例(暴行罪や公務執行妨害罪に問われる)もある。ただし、実態としては滞納者は約1%、滞納額は約0.5%であり(この中には経済的な理由も含まれる)、さほど重大な問題ではないという指摘、問題の規模の小ささに比べマスメディアの取り上げ方が大袈裟であるという意見、未納問題は昨今始まったことではないのでこれを「昨今の親のモラル低下」を原因とするのは的外れという指摘もある。
2007年1月24日、文部科学省は初の全国調査結果を公表し、2005年度の小中学校の滞納総額が、本来払うべき額全体の0.5%である22億円を超えた事を明らかにした。滞納者数は10万人近くで、約100人に1人が滞納していた計算となる。滞納率は県別では、沖縄県が3.8%、北海道1.4%、宮城県1.1%の順に高く、最も低かったのは、富山県と京都府の0.1%だった。その理由として、滞納があった学校の6割が、保護者の「モラルの低下」を原因として挙げている。また、保護者の「経済的問題」を理由に挙げたのは3割であった。滞納者を多数抱える自治体は対応に苦慮しており、自治体や学校での未納防止策としては、給食費を他の副教材費等と一緒にし「集金」として徴収する、前払い式食券方式にするなどが行われている。一部の学校では児童の保護者に、給食費を払わないと給食を食べさせないので弁当を持たす旨の誓約書を書かせたことで話題になった(その後、誓約書は廃止)。
埼玉県北本市の市立中学校4校では、2015年7月から給食費未納により食材購入に影響を及ぼす問題に直面したため、3カ月給食費の未納が続いた場合には給食を提供しないことを決め、各家庭に通知したところ該当する保護者は43人から3人に激減した。また、東京都練馬区では、2014年度から滞納者への働きかけ及び徴収を弁護士に委託する制度を導入しており、約260万円に及ぶ未納費が約120万円になる効果があった。
給食費の無償化とは、学校給食にかかる費用を自治体や国の公費を用いて賄う制度のことで、すべての児童が栄養バランスの取れた給食を食べることができ、経済的な困難から子どもの健康や学習機会が損なわれないようにすることを目的としている。
無償化を行うと、学校に通う児童の保護者の経済的負担の軽減や給食費納入にかかる手間の解消などがあり、自治体側は子育て支援制度の充実によって少子高齢化対策や定住者、移住者の促進を期待できる。実際の例として埼玉県滑川町は人口増加を続けている自治体であり、平成23年に給食費無償化と18歳以下の医療費を無償化した結果、国勢調査による0歳から19歳までの人口は平成22年の時点で3,341人だったのに対し、平成27年の統計では3,673人、令和2年には4,065人と増加している。
しかし、全国的にみると給食を無償化している自治体の数は極めて少ない状況である。文部科学省が全国1,740自治体を対象に、平成29年(2017年)度の公立小・中学校の給食費無償化の実施状況を調査した結果、小学校・中学校とも無償化を実施・小学校のみ無償化を実施・中学校のみ無償化を実施している自治体の割合の合計が4.7%(82自治体)であり。一部無償化や一部保障している自治体と合わせても全体の29.1%(516自治体)であるが、給食費の無償化等を実施していない自治体は全体の70.9%(1,234自治体)にあたる事が分かった。
日本で学校給食費の無償化の問題点として、すべての自治体で学校給食費の無償化を行う場合、巨額の公費負担が必要であることがあげられる。例えば、全国の公立小・中学校で給食費の無償化を行った場合1か月約444億7000万、年間で約5336億4000万円の公費負担が必要であるという試算がある。この数字は全国のすべての自治体の負担額を合わせた試算であり自治体によって負担額は違うが、予算面の問題で給食費の無償化ができない自治体が出てくるだろう。また、物価高騰によって給食費が値上げされれば、給食費無償化のための予算を継続して確保することが難しくなる問題がある。給食制度を維持するために給食費の値上げを検討する自治体もあり、佐賀県佐賀市や北海道旭川市が検討を進めている。
一方で、大阪市は児童生徒の学校給食費について、令和2年度から令和4年度までは新型コロナウイルス感染症拡大による厳しい社会情勢を踏まえ臨時的な措置として無償としていたが、令和5年度からは臨時的な措置ではなく学校給食費の無償化を本格実施している。また、奈良県大和群山市は令和6年度から県内初となる恒久的な給食費無償化を行う予定であり、現在の時点では児童の数が少ない自治体や財源に余裕のある自治体のみが無償化を行っているが、今後は増える見込みもある。
世界にも実際に学校での昼食費を無償化している国や地域がある。
その中の1つの国がフィンランドである。フィンランドは1948年と、かなり早い段階から正式に給食費の無償化を始めて「良い学校給食は未来への投資」のコンセプトをもとに、今では国全土の小・中学校、高校で実施されている。給食方式はビュッフェ方式である。
次に紹介するのはアメリカのカリフォルニア州である。カリフォルニア州は、22-23年度から公立の小・中学校、高校を対象に朝・昼食の無料提供を開始した。その対象者は約600万でありその規模の大きさがわかる。こちらもビュッフェ形式である。
少子化対策の一環として、日本政府は2007年度より幼稚園の給食費(年間平均、約6万円(文部科学省調べ))を消費税の課税対象から外すとしている。
山口県玖珂郡和木町では幼稚園・小学校・中学校の、北海道三笠市では2006年度より少子化対策の一環として小学校の給食費を無料としている。
2023年9月に兵庫県川西市が、市立中学の学校給食に使うふりかけの持参を認めた。それに対し、給食の提供にかかわった黒田美智市議が猛反対し、ウェブメディアも報じたことで、2024年3月に是非をめぐる論争がわき起こり、市の給食を批判する意見も見られた。元々は米飯の残滓の多さが問題となっていたため導入されたものだが、黒田は「川西市は中学校の完全給食、全員喫食を実施しました。(中略)百歩譲って本当にふりかけが必要であれば、それは家から持ってくるのではなく、給食として出すべきでしょう」と指摘している。一方で市が2023年末に実施したアンケートでは、ふりかけを「ほぼ毎日持ってきている」は7.2%にとどまり、「持ってきたことはない」は76.6%だった。そして、ふりかけ持参が許可される前、2023年度の2学期の残食率は18.8%だったのに対して、204年度の2学期は23.1%と、逆に増えてしまった。
2021年6月18日、八王子市立浅川小学校では「動物性食品を一切使用しない」給食メニューが提供された。校長の清水弘美は「子どもたちに多様な価値観を知ってほしい思いがありました」とその狙いを語っていた。同校では以前から食物アレルギーを持つ児童も同じ給食が食べられるようにと毎月、「エブリワン給食」という乳製品・卵不使用の献立を提供してきたが、このヴィーガン給食はそれを発展させたもの。
給食の過程で出る食べ残しや調理くずを給食残滓(ざんし)あるいは給食残渣(ざんさ)という。
中学校において、3人に1人が美味しくないと思っている、というアンケート結果もあり、食べ残しによる残飯が問題になっている(アンケートは東京都小平市内8校を対象)。
2013年度の環境省の調査では小中学校の給食における食品ロスは6.9%で、欠席者を考慮しない重量によれば1人あたり1年間で7.1kgにあたる。
千葉県松戸市では小中学校7校で学校給食で出る食べ残しや調理くずなどを養豚の飼料にリサイクルする事業を実施している。
岐阜県恵那市は学校給食残滓の「3R促進モデル事業」(環境省)の自治体に選定され、恵那市立長島小学校では給食の残りを肥料に大豆を育てようという試みが実践されている。
なお、堺市立堺高等学校定時制では、担当教諭が勿体無い、廃棄の手間がかかるなどで、4年間で牛乳4200本、パン1000個余り(31万円相当)を持ち帰っていて減給処分後、依願退職した。玉川徹と尾木直樹は「処分は仕方なく、勿体無いは理解出来るが、民間企業なら横領」と指摘する一方で、田村淳は「食品ロス」が問題視されていて勿体無い。転売したわけではないし、それで体調不調起こしたは自己責任」と賛否両論起きている。
福岡市では残滓を減らす試みとしてパンの持ち帰りを実施しているが、これも夏場は食中毒につながるなどの問題があるとか食べかけを持ち帰るは不衛生などの賛否両論が起きている
兵庫県神戸市では2014年11月より市内の仕立弁当業者と契約を結び中学校で提供を開始したが、2015年10月に髪の毛やビニール片、虫などの異物が混入しているケースが86件も発生し、事態を重く見た神戸市はこの業者との契約を解除した。なお、この業者は給食提供による設備投資を行っていたが、契約解除のため償還ができなくなったこともあり同年12月29日に民事再生法を申請している。
給食導入が遅れていた大阪市の中学校では2014年よりデリバリー方式による給食の提供を開始したが、残食率が重量比で30%、金額比で25%に達しており、年間5億円もの廃棄費用が発生している。2015年9月に小学校の給食施設で調理した給食を中学校へ提供する「親子方式」を試験的に行ったところ残食率が5%まで改善されたことから、親子方式(小中一貫校では自校方式)へ順次切り替えている。
神奈川県大磯町では町内の中学校を対象に2016年1月よりエンゼルフーズによる仕出し弁当方式の給食を開始したが、2017年9月時点で食べ残し率が26%と全国平均の6.9%を大幅に上回っている。さらに84件もの異物混入が発覚し、全国のマスメディアや町議会を巻き込んだ騒動にまで発展している。その後、2017年10月に供給停止し、再審議の結果、自校方式による提供で再開するとしている。
行政改革の観点から給食にかかる行政コストが問題になったり、保守派の観点からは「親が愛情を込めてつくった弁当を食べることで親子の会話ときずなも生まれる」として、学校給食廃止が議論になっていた地域も多かった。しかし、食育意識の高まりや格差是正の観点、栄養の偏りの是正、共働きの増加など要因から給食維持の声も強まっている。
1992年(平成4年)5月には埼玉県庄和町(現・春日部市)の神谷尚町長(当時)が、「1993年(平成5年)度に学校給食を廃止する」と言う方針を突如打ち出した。「戦後の給食の役割は終わった」として、「これまで給食に費やしていたお金を教育投資 に回すべきだ」と神谷は主張したが、その性急さが保護者らや町議会の反対にあい、更に神谷の在任死去に伴い、同年11月に町教委は給食廃止案を撤回、「存続」と言う結論となって立ち消えになった。当時、新聞各紙やNHKなどで全国的に報道された。
また、中学校を中心に全員に給食が提供されていない地域も少なくなく、給食の提供を求めて、署名運動が行われた地域もある。
学校給食にノスタルジーを感じる大人向けに、給食と同じような献立を提供するレストランも存在する。一部のホテルなどで、昔の学校給食を再現してメニューとして提供したところ、好評を博した。コンビニなどでも、商品化の動きがある。
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