『魔女の宅急便』(まじょのたっきゅうびん、英題:Kiki's Delivery Service)は1989年(平成元年)7月29日に公開されたスタジオジブリ制作の日本のアニメーション映画作品。スタジオジブリにおける宮崎駿監督の長編映画としては初の、他者の原作による作品である。主題歌には荒井由実の楽曲が採用された。略称は「魔女宅」(まじょたく)。キャッチフレーズは「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」。
魔女の宅急便 | |
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Kiki's Delivery Service | |
監督 | 宮崎駿 |
脚本 | 宮崎駿 |
原作 | 角野栄子 『魔女の宅急便』(福音館書店刊) |
製作 | 尾形英夫 漆戸靖治 原徹 宮崎駿 |
製作総指揮 | 徳間康快 都築幹彦 高木盛久 |
出演者 | 高山みなみ 佐久間レイ 戸田恵子 山口勝平 信沢三恵子 関弘子 加藤治子 三浦浩一 |
音楽 | 久石譲 |
主題歌 | 荒井由実(松任谷由実) 『ルージュの伝言』 『やさしさに包まれたなら』 |
撮影 | 杉村重郎 |
編集 | 瀬山武司 |
制作会社 | スタジオジブリ |
製作会社 | 徳間書店 ヤマト運輸 日本テレビ |
配給 | 東映(東映洋画) ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ(SIFF) ゴーモン Cinema Mondo Bir Film Camera Film Sonet Film Oro Film RUSCICO Lucky Red Aurum Producciones スタジオカナル UK ファゾム・イベンツ/GKIDS Arthaus |
公開 | 1989年7月29日 1990年1月20日 1990年7月27日 1990年12月20日 1991年6月13日 1991年7月19日 1992年12月31日 1998年5月23日(SIFF) 2002年11月7日 2004年3月31日 2004年4月10日 2004年4月10日(仏語圏)/2005年12月5日(独語圏) 2007年3月30日 2007年7月6日 2007年10月12日 2007年11月22日 2007年11月23日 2007年12月14日 2008年10月2日 2013年4月24日 2014年1月12日 2016年5月27日 2017年7月23日 2018年1月12日 2018年6月15日 2018年11月3日 2018年12月9日 |
上映時間 | 102分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
製作費 | 8億円 |
興行収入 | 43億円(推測) |
配給収入 | 21億5000万円 |
1985年(昭和60年)12月、映画プロダクション風土舎は角野栄子の児童文学『魔女の宅急便』の長編アニメーション化の企画を立ち上げた。「宅急便」がヤマト運輸の登録商標であったことから、真っ先に同社にスポンサーを要請した。当初ヤマト運輸は難色を示したが、同社のトレードマークである黒猫が偶然にも物語に登場することから次第に前向きになり、スポンサーになることを了承した。
1987年(昭和62年)春ごろ、風土舎とヤマト運輸は電通を通じて徳間書店に協力を申し込み、本作はスタジオジブリで制作される事となった。更に東映配給部長の原田宗親を納得させる為に日本テレビも制作に加わる事となる。
監督には当初、若手が起用される予定だった。風土舎は「監督またはプロデューサーに宮崎駿か高畑勲を」との意向を示したが、両名は各々『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の制作を開始したばかりであったため、監督には有望な若手を起用して宮崎はプロデューサーに回ることとなった。最初に声がかかったのは当時、東映動画に所属しており、後に『美少女戦士セーラームーン』『おジャ魔女どれみ』『ケロロ軍曹』などで知られるようになる佐藤順一であったが、諸事情により企画が具体的に動き出す前に離れることになった。次に指名されたのは、学生時代に宮崎が監督した『名探偵ホームズ』の脚本を手掛けたことがきっかけでアニメ業界入りした片渕須直だった。約三十年後に『この世界の片隅に』で知られるようになる片渕も、当時は無名の新人であり、主要なスポンサーから「宮崎駿監督作品以外に出資するつもりはない」と申し渡されたことを受け、監督からは身を引いて作品には演出補として参加した。そしてプロデューサーだけでなく監督も宮崎が担当することとなった。
作画のメインスタッフ陣にはキャラクターデザイン担当のチーフアニメーターに近藤勝也、補佐に大塚伸治を起用、美術監督は男鹿和雄の推薦で大野広司が起用される事となった。大野が所属していたスタジオ風雅の水谷利春社長もこのプロジェクトに賛同しすぐ大野の起用を決定した。脚本は一色伸幸が担当していたが、書き上げたシナリオが作品の雰囲気にそぐわないとして『となりのトトロ』の作業を終えた宮崎がシナリオを書く事となり、一色は降板した。シナリオ完成後、宮崎は絵コンテ作業を開始。途中、近藤喜文も絵コンテ作業を手伝っていたが、作画状況の関係から作画監督に回る事となる。
本作での宮崎の役目はプロデューサー、脚本、絵コンテ、監督の4役で、『風の谷のナウシカ』、『天空の城ラピュタ』、『となりのトトロ』で行っていた作画チェックは行わず、その役は作画監督の近藤勝也、近藤喜文、大塚伸治が担当した。
長編アニメーション映画としては制作期間が短く、作画の困難な群集シーンが後半に多数挿入された為スタッフの負担は大きかった。さらに途中でセルが不良品であることが判明、片渕はハサミでセルからキャラクターだけ切り取る作業に追われたほか、仕上げチェック係の眼精疲労患者が続出した。
原作をかなり自由に脚色し、背景にはスタッフがロケハンしたスウェーデンのストックホルム及びゴットランド島のヴィスビュー、宮崎自身が1988年(昭和63年)5月に個人的に旅行したアイルランド、その他サンフランシスコ、リスボン、パリ、ナポリなどの風景を織り交ぜて使っている。街の名前は、劇場公開時のパンフレットによれば原作のまま「コリコ」の街とされている。この街では白黒テレビが普及している一方でボンネットバスや大きな飛行船が使われているなど、現代ではなく過去の時代を舞台にしているものとみられる(宮崎によれば「二度の大戦を経験しなかったヨーロッパ」という設定)。ストックホルムとヴィスビューは宮崎がAプロダクション(シンエイ動画)時代の1971年(昭和46年)に幻の映画企画『長くつ下のピッピ』のロケハンで訪れた場所でもある。
当初70分ほどの中編を予定していた作品は製作が進むにつれ、100分を越える長編となった。スケジュールは押し、製作費は4億円に達した(ペイするには16億円以上の興行でなければならず、当時ジブリ最大のヒットは『となりのトトロ』の約12億円だった)。本作を配給したのはスタジオジブリ発足前から徳間書店の作品の配給を手掛けていた東映だが、東宝に配給させた前作の『火垂るの墓』と『となりのトトロ』の興行的失敗を理由にジブリ作品の配給の打ち切りを決定、本作は東映が配給する最後のジブリ作品となった。実質的なプロデューサーであったアニメージュ副編集長(当時)の鈴木敏夫は、東映の原田宗親の「宮崎さんもそろそろ終わりだね。興行成績がどんどん下がってるじゃない」という厳しい言葉にショックを受け、TV放送のため『風の谷のナウシカ』を購入していた日本テレビに相談に赴いた。そして同社の出資が決まると、「映画はヒットさせなくてはいけない」と考えた鈴木は、同局の各番組で本作を取り上げて宣伝してもらえるよう働きかけ、これをきっかけにスタジオジブリ作品に対する日本テレビのバックアップが始まった。本作が失敗していればスタジオジブリはここで終了していた可能性もあったが、日本テレビの宣伝効果もあり、結果的に配給収入21億5000万円(2000年以降用いられるようになった興行収入に換算すると43億円)を記録するジブリ初のヒット作品となった。
アニメ版では、原作に見られた童話ならではのファンタジー性は抑えられ、作中における魔法はあくまで「個人の持つ才能」という位置づけで描かれている。「田舎から都会へ上京してきた少女が才能を活かして独り立ちしていく」という点を強調して前面に押し出しており、その中で思春期を迎えた少女の感情の機微を描写していくという現実味ある作風となっている。
片渕須直は映画のターゲット層を児童ではなく、経済的に自立した20代の女性としている。
また、魔女そのものの位置づけについても変化しており、原作では魔女が人間と異なる異質な存在として位置づけられ、現実における魔女同様のネガティヴなイメージやそこに起因する社会からの偏見などの重い側面も取り上げられている一方、アニメ版では魔女の存在が特に異端視される事なく人間社会に同居している点が大きく異なる。
原作者の角野は映画化に際し、当初は唯一の注文として「キキが旅立つ時にキキの故郷の木に付けられていた鈴を鳴らす事」のみを求めていた。その後制作が進むに連れ内容が大きく変わる事に否定的になったが、宮崎と角野が数回対談し解決された。角野は「タイトルと名前」そして「世界を変えないで下さい」と伝えていたものの、「(映画は)お話の筋がちょっと違うのでびっくりしました。私はもう少しかわいいラブストーリーになるかと思ってたんです」と述べ、「映画を見てから原作を読む方がすごく多くて、それはそれで良かったと思います」と『週刊朝日』2019年7月19日号において振り返っている。
本作では徳間書店の他にヤマト運輸、日本テレビが製作に参加。スポンサーが付き、テレビCMなど広告宣伝面にも力が入れられた結果、観客動員数264万人、配給収入21.5億円と前作『となりのトトロ/火垂るの墓』の3倍以上を記録した。1978年(昭和53年)公開の『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』の記録を抜いて日本のアニメーション映画の興行記録を更新した。
本作以降日本テレビはジブリの劇場公開作品の制作に参加し、ジブリ作品は同局の『金曜ロードショー』で独占放送する権利を獲得している。
のどかな田舎町に住むキキは魔女の血を受け継ぐ13歳の女の子。『魔女として生きる事を決意した少女は13歳の満月の夜に旅立ち、よその町で1年間の修行をしなければならない』という古くからのしきたりに従い、黒猫のジジと共に旅立つ。夜通しの旅の末、海に囲まれた美しいコリコの街を見かけたキキは定住を決めてさっそく街へ向かう。驚きの目で彼女の飛ぶ姿を見上げる街の人々に笑顔を見せるキキだが、田舎にはない二階建てバスと接触事故を起こしかけ、慌てて街の片隅に逃れ降り立つ。居合わせた街の人々に明るい笑顔で自己紹介とともに挨拶するキキであったが、魔女の風習が残る田舎の故郷と違い、大都会の人々のよそよそしい態度に戸惑う。直後、バスにぶつかりそうになったところを目撃して駆けつけてきた警官に職務質問されるが、地元の少年トンボが機転を利かせて助ける。トンボはキキに興味を示して話しかけてくるが、なれなれしい彼の態度に腹を立てたキキはさっさとその場を飛び去ってしまう。
泊まる当てもなく街をさまよう中、「グーチョキパン店」というパン屋のそばを通りかかったキキは、店のおかみであるおソノに代わって忘れ物を客に届けた事から気に入られ、彼女の厚意で店の2階にある空き家に居候することになる。やがてキキは自分の魔法を活かして宅配業『魔女の宅急便』を開業するとともに、この街への定住を改めて決心する。
翌日、キキはパン屋のお得意さんのマキから、甥のケットへの誕生日プレゼントとして鳥籠に入った黒猫のぬいぐるみの配達を依頼される。張り切って初仕事に臨んだキキだったが、飛行中に突風にあおられてぬいぐるみを森に落としてしまう。卵を狙われたと勘違いした烏たちに阻まれて捜しに降りることもできない。思案の末、約束の時間に間に合わせるためにキキはぬいぐるみにそっくりなジジを籠に入れて予定どおり配達し、森に戻りぬいぐるみを歩いて捜す。ぬいぐるみは森の中で暮らす絵描きのウルスラに拾われていたものの、カラスにつつかれて首が破けており途方に暮れてしまう。するとウルスラは、キキがアトリエの掃除と次回来た時に絵のモデルを引き受ける代わりにぬいぐるみを修繕する交換条件を持ちかけ、やり遂げたキキは急いで配達先に向かい、無事にジジを救い出す。
ある日、パン屋で店番をしていたキキの元へトンボがやって来る。依然としてトンボを快く思っていないキキに、彼は自分の所属する飛行クラブのパーティーへの招待状を手渡し、それと同時に二つの配達の仕事を終えた時間に迎えに行くと伝えて帰っていく。キキはパーティーに行くため一つ目の仕事を急いでこなし、二つ目の仕事の依頼先へ急ぐキキだが、依頼人の老婦人はオーブンの調子が悪いために孫娘に届ける料理ができていないのだと告げ、キャンセルするが料金は支払うという。キキは老婦人の孫娘への想いを叶えるため、彼女を手伝ってなんとか料理を完成させ、急な大雨にびしょ濡れになりながらも届け先へと向かうが、料理を受け取った孫娘の冷たい態度に衝撃を受け、パーティーに行く気力を無くしてしまい、ギリギリまで店先でキキを待っていたトンボを余所に、身体が濡れたまま部屋で眠り風邪をひいてしまう。
キキの体調が回復した日の事。おソノから『コポリ』という人への届け物を頼まれ、歩いて指定された住所に行くとそこにトンボがいる。実は『コポリ』というのはトンボの本名であり、届け物の頼み事は二人が仲良くなれるようにというおソノの計らいによるものだった。キキはそれまでの態度と打って変わってパーティーに間に合わなかった事を素直に謝罪し、トンボも彼女の仕事の苦労をねぎらう。トンボは飛行クラブのメンバーと共に制作中の人力飛行機の機関部(自転車に大きなプロペラを付けた物)をキキに見せ、練習を兼ねてこれに乗り海岸に停泊中の飛行船を見に行こうと誘う。二人乗りで海へと向かうが、その途中、あわや車と正面衝突しかける。自転車が突然宙に浮き二人は助かるが、そのままガードレールを飛び越え、直後に海岸へ落下してしまう。自転車は大破するも二人は無事だった。二人は笑い合い、打ち解けた様子で海岸で語り合う。そこへ、トンボの友人らしき女の子達がやって来るが、その様子を見て急に機嫌を損ねたキキは、引き留めるトンボを振り切って帰ってしまう。自分の振る舞いに対する自己嫌悪に落ち込む。
それからほどなくして、キキはジジの言葉が分からなくなっている事に気づく。何かを確かめるように箒で飛ぼうしても思うように飛べず、魔法の力が弱まった事を認識して愕然とする。更に、斜面で飛ぶ練習をしている時に落下した弾みで大事な母親の箒を折ってしまう。魔女である自分にとっての唯一の取り柄であった空を飛ぶ力を失い、宅配の仕事もできなくなってしまったキキは、深い失意と傷心に落ち込む。翌日そんなキキの元に突然ウルスラが訪ねてくる。キキからスランプで仕事ができなくなった事を打ち明けられたウルスラは、気晴らしも兼ねてキキを自宅に招く。森の小屋で二人は語り合い、キキは彼女の言葉に励まされる。
翌日、森の小屋から帰ったキキは、老婦人の家へ招れる。雨の日の苦労をさりげない気づかいで労ってくれた老婦人の温かさに励まされ、キキは明るい笑顔で笑い合う。その時、家政婦のバーサが見ていたテレビに、海岸の飛行船が突風にあおられて暴走を始めた様子が映る。飛行船のロープにはトンボがしがみついていて、高空にさらわれてしまっていた。今にも落下しそうなトンボを助けようと無我夢中で現場へ向かったキキは、たまたま近くにいた掃除夫のデッキブラシを借り受け、必死の思いで魔法の力を奮い起こして大空へと飛び出した。慣れないデッキブラシの飛行に振り回されつつも、キキは群衆の声援を受けながら間一髪の所でトンボを救出することに成功する。
こうしてキキは再び魔法の力を取り戻して、街の人たちともすっかり打ち解け、デッキブラシで空を飛び回りながら宅配業に精を出すのだった。
物語は実家に宛てた手紙を読み上げるキキのモノローグで幕を閉じる。
キキとウルスラの主役級の2人を当時声優3年目の高山みなみが1人で担当している。高山は元々ウルスラ役のオーディションに参加していたが、難航していたキキのオーディションにもその後参加しキキ役として合格、その後宮崎駿監督たっての希望でウルスラも担当することとなった。
英語版は2種類存在する。日本版DVDには日本語オリジナル音声とディズニー版音声が収録されている。
なお、ディズニー版でキキを演じたキルスティン・ダンストの幼少時のあだ名も偶然ながら同じキキであった。
キャラクター | 日本語版 | 英語版(ディズニー版) | 英語版(ストリームライン版) |
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キキ | 高山みなみ | キルスティン・ダンスト | リサ・マイケルソン |
ウルスラ | ジャニーン・ガラファロ | ヨランダ・マテオス | |
ジジ | 佐久間レイ | フィル・ハートマン | ケリガン・メイハン |
おソノ | 戸田恵子 | トレス・マクニール | アレクサンドラ・ケンウォーシー |
トンボ / コポリ | 山口勝平 | マシュー・ローレンス | エディ・フライアーソン |
コキリ | 信沢三恵子 | キャス・スーシー | バーバラ・グッドソン |
老婦人 | 加藤治子 | デビー・レイノルズ | メラニー・マックィーン |
バーサ | 関弘子 | エディ・マックラーグ | エディ・マーマン |
オキノ | 三浦浩一 | ジェフ・ベネット | ジョン・ダントナ |
フクオ | 山寺宏一 | ? | グレゴリー・スニーゴフ |
警官 | マット・K・ミラー | スティーブ・クレイマー | |
アナウンサー | コーリー・バートン | カール・メイセック | |
マキ | 井上喜久子 | ? | |
ケット | 渕崎ゆり子 | パメラ・シーガル | ララ・コーディー |
ケットの母 | 土井美加 | ジュリア・フレッチャー | ダイアナ・ミッシェル |
ケットの父 | 土師孝也 | ? | |
ケットの祖母 | 浅井淑子 | ジュリア・フレッチャー | マイク・レイノルズ |
ドーラ | 斉藤昌 | ? | ダイアン・ミッチェル |
時計塔の番人 | 西村知道 | グレゴリー・スニーゴフ | |
先輩魔女 | 小林優子 | デビ・デリーベリー | ウェンディー・リー |
トラックの運転手 | 池水通洋 | ? | |
ホテルのフロント係 | 辻親八 | マット・K・ミラー | ダグ・ストーン |
飛行船『自由の冒険号』の船長 | 大塚明夫 | ジョン・ホステッター | デイヴ・マロウ |
赤ん坊 | 坂本千夏 | ? | |
掃除夫 | 田口昂 | ? | スティーブ・クレイマー |
老婦人の孫娘 | 鍵本景子 | ジュリー・リン | ウェンディー・リー |
パイを届けられる少女の仲間 | 津賀有子 亀井芳子 | ? | ? |
女性 | 丸山裕子 | メラニー・マックイーン | |
少年 | ? |
製作 | 徳間康快 | |
企画 | 瀬藤祝 | |
原作 | 文 | 角野栄子 |
画 | 林明子 | |
シンボルマーク | ||
絵コンテ | 宮崎駿、近藤喜文 | |
演出補佐 | 片渕須直 | |
キャラクターデザイン | 近藤勝也 | |
作画監督 | 大塚伸治、近藤勝也、近藤喜文 | |
原画 | 金田伊功、二木真希子、篠原征子、遠藤正明、河口俊夫、大谷敦子、賀川愛、福島敦子、井上俊之、森友典子、森本晃司、佐藤好春、保田夏代、杉野左秩子、わたなべひろし、山川浩臣 羽根章悦、浦谷千恵、関野昌弘、新留俊哉、長谷川明子、近藤喜文 | |
動画チェック | 立木康子、舘野仁美 | |
動画 | 椎名律子、尾崎和孝、手島晶子、牧孝雄、松井理和子、大谷久美子、渡辺恵子、平田英一郎、竹縄尚子、山口明子、佐藤伸子、柴田志朗、細井信宏、岡部和美、山縣亜紀、森田宏幸 タカハシプロダクション 坂野方子、手塚寛子、松島明子 動画工房 成田達司、神戸洋行、福土多鶴子、河内由美、浜森理宏、真庭秀明、野村暁彦 中村プロダクション 由名部節也、田口広一 アニメトロトロ 山浦由加里、石井明子、伊藤広治 スタジオ雲雀 小沼克介、高橋任治、渡辺明夫 オープロダクション 池畠博基、斉藤百合子、結城明宏 カボチャ村 原佳寿美、川橋良江、神原よし美 グループどんぐり 安達晶彦、渋谷政行、石割悦子、真野鈴子 スタジオムーク 福井一夫、中込輪、大下久馬、風戸聡 フィルムマジック 広江克己 スタジオコクピット 大村まゆみ メルヘン社 古賀誠 スタジオディーン 須和田啓一 東誠子、永井恵子、鍵山仁志、高野亜子、西戸スミエ、藤村理枝、槇田喜代子、岩柳恵美子、伊藤優、鈴木亮、遠藤ゆか、飯沼卓也、須藤百合枝、新屋真智子、林良恵、宮崎なぎさ 青山祐子、伊月一郎 | |
美術監督 | 大野広司 | |
背景 | 男鹿和雄、黒田聡、木下和宏、太田清美、長縄恭子、長嶋陽子 スタジオ風雅 水谷利春、神山健治、工藤美幸、大野久美子 アトリエブーカ 金子英俊 メカマン 徳重賢 海老沢一男、伊藤豊、菅野紀代子、松浦裕子、千葉みどり、池畑祐治、男鹿美由紀 | |
特殊効果 | 谷藤薫児 | |
ハーモニー処理 | 高屋法子 | |
挿入絵 | 画 | 「虹の上をとぶ船」 八戸市立湊中学校養護学級共同作品より |
スチール | 落合淳一 | |
色彩設計 | 保田道世 | |
色指定 | 片山由里子 | |
仕上検査 | 古谷由実、小川典子、立山照代、久田由紀、木村郁代 | |
仕上 | IMスタジオ 伊勢田美千代、青沼麗子、柴田美知子、佐藤英子、福間栄子、谷田陽子、小沼真理子、深谷るみ、堀切栄子、中埜三恵子、平沼和枝、田島ゆかり スタジオ・キリー 岩切紀親、高橋直美、渡辺信子、久保田瀧子、町井春美、田原とし子、渡部真由美、浅井美恵子、工藤百合子、岡美代子、小林和美、大崎律子 トレーススタジオM 伊藤二三子、谷藤美加、近江妙子、牟田努、西牧道子、西坂麻宰巳、横山由香里、前野泉 龍プロダクション 吉田玲子、菅原みどり 童夢社 大町智恵子、菅沼満寿子 スタジオOZ 豊永幸美、吉川潤子、高砂芳子 | |
仕上協力 | スタジオファンタジア トイハウス 京都アニメーション | |
撮影監督 | 杉村重郎 | |
撮影 | スタジオぎゃろっぷ 清水泰宏、小堤勝哉、風村久生、赤沢賢二、小林徹、羽山泰功、西山城作、荒川智志、枝光弘明、田村洋 | |
技術協力 | 太陽色彩、スタック | |
音響制作 | オムニバスプロモーション | |
音響監督 | 浅梨なおこ | |
整音 | 井上秀司 | |
音響効果制作 | E&Mプランニングセンター | |
音響効果 | 佐藤一俊 | |
音響効果助手 | 小野弘典、小林範雄 | |
台詞編集 | 山田富二男 | |
録音スタジオ | 東京テレビセンター | |
録音協力 | 玉麻尚一 テレスクリーン | |
キャスティング協力 | 江崎プロダクション | |
タイトル | 真野薫、道川昭 | |
編集 | 瀬山武司 | |
編集助手 | 足立浩 | |
制作担当 | 田中栄子 | |
制作デスク | 川端俊之、木原浩勝 | |
制作進行 | 逸見俊隆、西桐共昭、北沢有司、伊藤裕之 | |
プロデューサー補佐 | 鈴木敏夫 | |
コーディネイト・プロデュース | 梅村葉子 | |
現像 | 東映化学 | |
DOLBY STEREO技術協力 | 極東コンチネンタル株式会社 森幹生 | |
制作 | スタジオジブリ | |
エグゼクティブプロデューサー | 原徹 | |
プロデューサー 脚本 監督 | 宮崎駿 |
総指揮 | 徳間康快 |
代表 | 都築幹彦、高木盛久 |
代表委員 | 山下辰巳、宮内宏二 |
推進委員 | 加藤博之、有富慶二、漆戸靖治、間部耕苹 |
プロデューサー | 横尾道男、武井英彦 |
実行委員 | 徳間書店 小金井道宏、金子彰、三浦厚志、坪池義雄 ヤマト運輸 太田明二、東條弘、北之口好文 日本テレビ 務台猛雄、横山宗喜、奥田誠治 |
企画協力 | アニメージュ編集部 尾形英夫、鈴木敏夫 グループ風土舎 |
宣伝プロデューサー | 徳山雅也 |
宣伝顧問 | 原田宗親 |
キャッチコピー | 糸井重里 |
宣伝協力 | 電通 |
配給 | 東映 |
音楽担当は4作連続で久石譲だがこの頃久石は自身のアルバム制作とスケジュールが重なり、音楽打ち合わせから演奏録音までが公開間際になるという状態だった上、宮崎駿もスケジュールの都合から余裕がなくなってしまう。その為、高畑勲が演出を受け持ってその場をしのいだのである。
主題歌にはユーミンこと荒井由実が歌う既存の楽曲「ルージュの伝言」(オープニング、アルバム『COBALT HOUR』に収録)と「やさしさに包まれたなら」(エンディング)が採用され、映画公開当時リバイバルヒットとなった。主題歌を決定する際、プロデューサーを務める鈴木敏夫が会議直前に行った松任谷由実のコンサートに触発を受け、書き下ろし曲ということで監督の宮崎駿に提案した。もともと宮崎は若い頃にユーミンの楽曲を聴いていたため、それがこの時の採用につながった、と鈴木は発言している。徳間ジャパンコミュニケーションズの音楽プロデューサー神井裕行が松任谷由実主題歌、夫の松任谷正隆BGMで音楽制作に臨もうとしたが松任谷夫婦はあまりアニメーションの音楽に乗り気ではなくまた松任谷正隆が宮崎駿監督作品の映画音楽は荷が重すぎるということで断りを入れてきた。が荒井由実時代の楽曲は原盤権、出版権がかつてのアルファミュージックにあったことで権利を持っていた大橋けい(アルファミュージック元社長で作曲家の村井邦彦の元妻)に話をつなげ苦肉の策で映画主題歌に使用することに許諾をもらった。(のちこの映画のヒットと共に主題歌のヒットにより松任谷由実は宮崎アニメに楽曲を使用することを許諾を出すことになるが書き下ろし作品はない)
なお、「やさしさに包まれたなら」はシングルとアルバムでアレンジが異なり本作で使用されたバージョンはセカンドアルバム『MISSLIM』、40周年記念ベストアルバム『日本の恋と、ユーミンと。』等に収録されている。
また、当時としてはアニメーション映画のサントラ盤としては40万枚以上のセールスを記録しオリコンチャートの第2位につけた。カセット、CDや関連商品を合わせると100万セット近くのセールスを上げている。
英語版の主題歌は別の英語の歌に差し替えられたが、2010年発売のDVDでは松任谷の歌に戻された。
作曲 | 久石譲 | |
演出 選曲 | 高畑勲 | |
プロデューサー | 神井裕行 | |
コーディネーター | 渡辺隆史 | |
エンジニア | マスタリング レコーディング | 大川正義 |
アシスタント | 浜田純伸 | |
収録スタジオ | ワンダーステーション、日活スタジオセンター | |
CD制作 | 徳間ジャパンコミュニケーションズ | |
マネージメント | ワンダーシティ |
『魔女の宅急便 イメージアルバム』 | |
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久石譲 の イメージアルバム | |
リリース | |
ジャンル | J-POP |
時間 | |
レーベル | 徳間ジャパンコミュニケーションズ |
プロデュース | 久石譲 |
EANコード | |
EAN 4988008790535 |
1989年4月10日にCD(32ATC-180)とカセットテープ(25AGC-2064)が徳間ジャパンコミュニケーションズから発売され、1996年11月21日(TKCA-71030)と2004年9月29日(TKCA-72741)にCDが2020年3月11日にLP(TJJA-10020)が再発された。
全作曲・編曲: 久石譲。 | ||
# | タイトル | 時間 |
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1. | 「かあさんのホウキ」 | |
2. | 「ナンパ通り」 | |
3. | 「町の夜」 | |
4. | 「元気になれそう」 | |
5. | 「渚のデイト」 | |
6. | 「風の丘」 | |
7. | 「トンボさん」 | |
8. | 「リリーとジジ」 | |
9. | 「世界って広いわ」 | |
10. | 「パン屋さんの窓」 | |
11. | 「突風」 | |
12. | 「木洩れ陽の路地」 | |
合計時間: |
『魔女の宅急便 サントラ音楽集』 | |
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久石譲 の サウンドトラック | |
リリース | |
ジャンル | J-POP |
レーベル | 徳間ジャパンコミュニケーションズ |
プロデュース | 久石譲 |
EANコード | |
EAN 4988008790634 |
1989年8月10日(25AGC-2067)にカセットテープが同年8月25日にCD(32ATC-184)LPと(35AGL-3067)が徳間ジャパンコミュニケーションズから発売され、1996年11月21日(TKCA-71031)と2004年9月29日(TKCA-72742)にCDが2020年3月11日にLP(TJJA-10021)が再発された。
# | タイトル | 作曲 | 編曲 | 時間 |
---|---|---|---|---|
1. | 「晴れた日に…」 | 久石譲 | 久石譲 | |
2. | 「旅立ち」 | 久石譲 | 久石譲 | |
3. | 「海の見える街」 | 久石譲 | 久石譲 | |
4. | 「空とぶ宅急便」 | 久石譲 | 久石譲 | |
5. | 「パン屋の手伝い」 | 久石譲 | 久石譲 | |
6. | 「仕事はじめ」 | 久石譲 | 久石譲 | |
7. | 「身代わりジジ」 | 久石譲 | 久石譲 | |
8. | 「ジェフ」 | 久石譲 | 久石譲 | |
9. | 「大忙しのキキ」 | 久石譲 | 久石譲 | |
10. | 「パーティーに間に合わない」 | 久石譲 | 久石譲 | |
11. | 「オソノさんのたのみ事…」 | 久石譲 | 久石譲 | |
12. | 「プロペラ自転車」 | 久石譲 | 久石譲 | |
13. | 「とべない!」 | 久石譲 | 久石譲 | |
14. | 「傷心のキキ」 | 久石譲 | 久石譲 | |
15. | 「ウルスラの小屋へ」 | 久石譲 | 久石譲 | |
16. | 「神秘なる絵」 | 久石譲 | 久石譲 | |
17. | 「暴飛行の自由の冒険号」 | 久石譲 | 久石譲 | |
18. | 「おじいさんのデッキブラシ」 | 久石譲 | 久石譲 | |
19. | 「デッキブラシでランデブー」 | 久石譲 | 久石譲 | |
20. | 「ルージュの伝言」 | 荒井由実 | 松任谷正隆 | |
21. | 「やさしさに包まれたなら」 | 荒井由実 | 松任谷正隆 | |
合計時間: |
『魔女の宅急便 ドラマ編』 | |
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久石譲 の サウンドトラック | |
リリース | |
ジャンル | J-POP |
レーベル | 徳間ジャパンコミュニケーションズ |
プロデュース | 久石譲 |
EANコード | |
EAN 4988008344530 |
1989年9月25日CD(22ATC-185~6)とカセットテープ(18AGC-2068~69)が徳間ジャパンコミュニケーションズから発売され、1996年11月21日(TKCA-71032)にCDが再発された。
(日本国内)
内容 | 記録 | 補足 |
---|---|---|
興行収入 | 約43億円 | 推測 |
配給収入 | 21.7億円 | |
動員 | 264万619人(77日間) | |
『イメージアルバム』 | 4万本出荷(1989年〈平成元年〉発売のCA) 7.5万枚出荷(1989年〈平成元年〉発売のCD) 1万枚出荷(1996年〈平成8年〉発売の再発CD) 0.5万枚出荷(2004年〈平成16年〉発売の再々発CD) | |
『サントラ音楽集』 | 0.5万枚出荷(1989年〈平成元年〉発売のLP) 10万本出荷(1989年〈平成元年〉発売のCA) 24万枚出荷(1989年〈平成元年〉発売のCD) 6万枚出荷(1996年〈平成8年〉発売の再発CD) 1万枚出荷(2004年〈平成16年〉発売の再々発CD) | |
『ドラマ編』 | 1.5万本出荷(1989年〈平成元年〉発売のCA) 3万枚出荷(1989年〈平成元年〉発売のCD) 0.5万枚(1996年〈平成8年〉発売の再発CD) | |
『ヴォーカルアルバム』 | 2万本出荷(1989年〈平成元年〉発売のCA) 6万枚出荷(1989年〈平成元年〉発売のCD) 1万枚出荷(1996年〈平成8年〉発売の再発CD) 0.5万枚出荷(2004年〈平成16年〉発売の再々発CD) | |
『ハイテックシリーズ』 | 1.5万本出荷(1989年〈平成元年〉発売のCA) 4万枚出荷(1989年〈平成元年〉発売のCD) 0.5万枚出荷(1996年〈平成8年〉発売の再発CD) 0.5万枚出荷(2004年〈平成16年〉発売の再々発CD) | |
『ヴォーカル編&カラオケ』 | 0.5万本出荷(1990年〈平成2年〉発売のCA) 1万枚出荷(1990年〈平成2年〉発売のCD) 1万枚出荷(1996年〈平成8年〉発売の再発CD) | |
イメージソング『めぐる季節』 | 1万本出荷(1990年〈平成2年〉発売のシングルCA) 1.5万枚出荷(1990年〈平成2年〉発売のシングルCD) | |
VHS・ベータ(徳間版) | 15万本出荷 | 1995年(平成7年)9月時点 |
VHS(ブエナビスタ版) | 100万本出荷 | 2003年(平成15年)6月現在 |
DVD(ブエナビスタ版、2枚組・特典付) | 30万枚出荷 | 2003年(平成15年)6月現在 |
主に日本テレビの金曜ロードショーでおよそ2年に1度の頻度で放送されている。
回数 | 放送日 | 視聴率 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 1990年(平成 | 2年)10月 5日(金)24.4% | |
2 | 1992年(平成 | 4年) 4月 3日(金)21.5% | 金曜ロードショー1000回記念特集 第1弾 |
3 | 1994年(平成 | 6年) 1月 2日(日)20.5% | 新春アニメスペシャル |
4 | 1995年(平成 | 7年) 7月14日(金)19.2% | 「金曜特別ロードショー」として放送。ただし、前半の解説と番組エンドカードでは、「金曜ロードショー」と表記していた。 |
5 | 1997年(平成 | 9年) 7月11日(金)21.6% | |
6 | 1999年(平成11年) | 7月16日(金)19.4% | |
7 | 2001年(平成13年) | 7月 6日(金)20.0% | |
8 | 2003年(平成15年) | 7月25日(金)22.8% | |
9 | 2005年(平成17年) | 9月16日(金)14.7% | |
10 | 2007年(平成19年) | 7月13日(金)14.9% | |
11 | 2009年(平成21年) | 7月31日(金)13.7% | |
12 | 2011年(平成23年) | 7月 8日(金)13.5% | |
13 | 2016年(平成28年) | 1月22日(金)18.8% | |
14 | 2018年(平成30年) | 1月 5日(金)12.5% | |
15 | 2020年(令和 | 2年) 3月27日(金)12.9% | |
16 | 2022年(令和 | 4年) 4月29日(金)10.1% | |
17 | 2024年(令和 | 6年) 3月22日(金)9.9% |
スタジオジブリが劇場映画をもとに『魔女の宅急便』の商標(第2462634号,第4405430号,第4700078号)を取得しているが、主にキャラクタービジネスを意図して刊行物や様々な商品につけられる商標である。完成した映画名がもとになって登録が認められたもので、日本では「映画の題名」自体には商標権を設定できない。ヤマト運輸の宅急便とは、指定商品又は指定役務(サービス)の範囲が異なる。
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2016年12月8日から2017年1月8日にかけてイギリス、ロンドンにあるサザーク・プレイハウスで上演。監督ケイティ・ヒューイット、脚色ジェシカ・シアン。わずか8カ月後に再演され、2017年8月10日から9月3日にかけて上映された。
字幕の色は、キキ:黄色、ジジ:緑色、トンボ:水色、その他:白。
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