水谷 豊(みずたに ゆたか、1952年〈昭和27年〉7月14日 - )は、日本の俳優・歌手・映画監督・実業家。Trysome Bros.LLC合同会社代表社員。
みずたに ゆたか 水谷 豊 | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
本名 | 水谷 豊 | ||||||||||
生年月日 | 1952年7月14日(71歳) | ||||||||||
出生地 | 日本・北海道芦別市 | ||||||||||
出身地 | 日本・東京都立川市 | ||||||||||
身長 | 168 cm | ||||||||||
血液型 | A型 | ||||||||||
職業 | 俳優・歌手 | ||||||||||
ジャンル | テレビドラマ・映画 | ||||||||||
活動期間 | 1968年 - 1970年 1972年 - | ||||||||||
活動内容 | 1965年:劇団ひまわり入団 1968年:テレビドラマ初出演 1970年:映画初出演 1977年:歌手デビュー | ||||||||||
配偶者 | ミッキー・マッケンジー (1982年 - 1986年) 伊藤蘭(1989年 - ) | ||||||||||
著名な家族 | 趣里(長女) | ||||||||||
所属劇団 | 劇団ひまわり(1965年 - 1970年) | ||||||||||
事務所 | トライサム | ||||||||||
公式サイト | 公式プロフィール | ||||||||||
主な作品 | |||||||||||
テレビドラマ 『バンパイヤ』 『傷だらけの天使』 『オレの愛妻物語』 『熱中時代』シリーズ 『あんちゃん』 『事件記者チャボ!』 『気分は名探偵』 『ハロー!グッバイ』 『ザ・刑事』 『刑事貴族2』 『刑事貴族3』 『地方記者・立花陽介』シリーズ 『演歌・唱太郎の人情事件日誌』シリーズ 『探偵 左文字進』シリーズ 『相棒』シリーズ 『パートタイム裁判官』シリーズ 『居酒屋もへじ』シリーズ 映画 『青春の殺人者』 『幸福』 『少年H』 『相棒』シリーズ 音楽 『カリフォルニア・コネクション』 | |||||||||||
|
四人兄弟の末っ子。北海道芦別市野花南で生まれる。父親はすぐに仕事を変えては転々とし、家族もこれに伴い、北海道の各地を転々。北海道時代の記憶はほとんどないという。8歳、小学2年の時、父が東京都立川市で土建業を興し、以降、立川で育ち、俳優デビュー後も20代半ばまで実家に住んだ。
立川市立立川第四小学校、立川市立立川第一中学校卒業。大成高等学校(三鷹市)卒業。
少年時代に白黒テレビを見て「この小さな箱がどうやって映るんだろう。いつかこの小さな箱に入ってみせるぞ」と考え、これが演劇の世界に入る遠因となったとしている。だが、少年時代は演劇などよりも大鵬の土俵入りの流麗さにあこがれ、相撲の力士になりたかったという。趣味は手品をすることである。猫を飼っている。
1965年、12歳のとき演劇に興味を持ち劇団ひまわりへ入団する。
1967年、同じ劇団ひまわりの江木俊夫主演のマグマ大使第9話にマモルの同級生役として出演。これにて俳優デビュー。
1968年、フジテレビの『バンパイヤ』のオーディションを受け、主役に抜擢される。第一話では原作者・手塚治虫との共演を果たしている。1970年には『その人は女教師』(共演:岩下志麻)で映画デビューを果たす。
しかし「小さな箱に入る」という目的を達成し、高校入学後に自分にはもっと合った世界があると思っていたことと、大学受験も考えていたため、劇団ひまわりを退団し一度芝居を辞めた。
その後、東京商船大学(現・東京海洋大学)受験に失敗し、働きながら浪人生活を始めるが、あるときに「こんなことやっていてもいいのか?」という気持ちに強烈に襲われ、「来年もう一度受けるといってもそれまで自分のこの状態じゃ持たない」と思い発作的に2ヶ月ほど家出をした。その際、はじめは行くあてもなかったため、家の近所の公園の滑り台の上で野宿していたという。その後山梨県山中湖までたどり着き、湖畔のレストハウスで2ヵ月間働く。
2年間のブランクを経て1972年『泣くな青春』(フジテレビ)で芸能活動を再開。7月スタートの日本テレビのドラマ『太陽にほえろ!』第1回に犯人役で出演。
その後、小学校・中学校時代からの同級生であり、学園ものの撮影で一緒になったコントロールプロダクションの女性会長が、夫である日本テレビプロデューサーに『傷だらけの天使』に推薦し「もう一度役者をやらないか」と誘われ、アルバイト感覚で役者の世界に戻った。1974年10月、萩原健一主演の『傷だらけの天使』への出演が決定。
最初に萩原の相手役候補に名前が挙がったのは、火野正平だった。だが、火野は大河の『国盗り物語』で人気になった直後のためスケジュールが取れず、面接した監督の恩地日出夫もイメージが違うと判断した。そこで萩原が『太陽にほえろ!』第1話で共演した水谷を推薦し、抜擢された。水谷は俳優として不遇な時期が何年も続き、そのころ俳優を辞めようと思っていたという。萩原は「豊ちゃんは、ひたむきだし、いつも一生懸命やる子だった」と述懐している。同作品は深作欣二、神代辰巳、恩地日出夫ら名だたる映画監督が演出を担当したが、当初は視聴率が伸び悩んだ。しかし視聴率も上向き、視聴者からも高く評価され、放送終了後も「名作」としてテレビの歴史に残っている。
この作品でコンビを組んだ萩原を「永遠の兄貴」だと語っている。共演した岸田森に「豊には見ている人にその役が素だと思わせるような役者になってほしい。豊はそれが出来るやつだと思っている」と助言をされ、その言葉を今も大切に思っている。松田優作が酔っぱらって萩原とケンカをしてしまった時には、水谷に「また健ちゃんとケンカしちゃったよ」と相談していたという。水谷は毎日新聞のインタビューで本作について「これ(『傷だらけの天使』)がなければ今の僕はないですよ。萩原(健一)さんがいたから僕は(この作品を)出来たんで」と語っており、本作で共演した岸田森が1982年に他界した時には萩原と「二人でいつか何かやろう」と語り合っていて、それが(萩原の死で)ついに果たせなかった心残りがあることも明かしている。
1974年には日本テレビの大作ドラマ『水滸伝』に、徽宗皇帝役で出演。出番は少ない、特別出演的なものだが、日本人俳優がメジャー作品で実在の中国皇帝を演じた希少な例となっている。
1975年の映画『東京湾炎上』では、脚本を読んで予定の役柄とは逆の立場のテロリスト役を志願した。日本人が、大義のために同胞の日本人を追いつめる役を演じた。
1976年には長谷川和彦の監督映画『青春の殺人者』でキネマ旬報賞主演男優賞を最年少で受賞する。
1977年に放送された実相寺昭雄と岸田森が演出した水谷豊のCMでの「アラン・ドロンかな~」というセリフが流行語になった。
同年の『赤い激流』でピアニスト役を演じた。35万円でピアノを購入、全くの素人だったが猛練習の末、4日目には「エリーゼのために」を全曲弾けるようになりピアノの先生に驚かれた事を自慢としている。『赤い激流』で「英雄ポロネーズ」を弾いたが、『相棒』シーズン3第15話「殺しのピアノ」(2005年)で再び同じ曲を弾く場面を演じる事となった。
1978年10月、最高視聴率46.7%を記録したドラマ『熱中時代(教師編)』の主演で大ブレイク、視聴率の取れるテレビ界の有名俳優となった。主人公・北野広大のキャラクターが「理想の教師像」として社会現象となったり、特徴的な訛りのある口調が流行となるなど、ファンの幅を広げた。この人気を受けて『熱中時代』のタイトルだけを継承し、設定を一新した『熱中時代(刑事編)』もその後放送された。更に『教師編』は後に続編が1作、単発の2時間スペシャルドラマが3本作られた。武田鉄矢は「金八先生のライバルだった小学校教師」と言っている(なお、後に水谷の娘趣里は、2011年にオーディションを経て『3年B組金八先生ファイナル〜「最後の贈る言葉」4時間SP』(TBSテレビ)で女優デビューしており、実年齢より5歳下で、坂本金八に恋する中学生の役を演じているが、この時、武田鉄矢は「金八のライバルだった小学校教師の娘」と表現している)。
1981年には久々の映画『幸福』で、長年望んでいた市川崑の監督作品に主演。二人の子供を持つ、実年齢よりかなり上の刑事役を落ち着いた演技でこなし(翌々年の『逃れの街』では若者の役に戻っている)後年につながる新境地を示す。5年ぶりの主演映画は前作のキネマ旬報ベストテン1位に続いて同6位に入選する高評価を受けた。
2時間ドラマ(『地方記者・立花陽介』、『探偵 左文字進』など)もシリーズ化され、『刑事貴族』や『相棒』といったレギュラードラマで主演俳優を務め、今なお、幅広い層から支持を受けている。
2008年5月10日、『相棒』においての演技が評価され同じく主演を務める寺脇と共に第16回橋田賞俳優部門を受賞した。
2008年12月10日平成20年度の『ゆうもあ大賞』(理事長 大村崑)を受賞、副賞の「舞昆」の京風おせちを受け取ると「正月に蘭さんといただきます」と、照れながら受賞コメントを述べた。
2009年9月12日に放送されたスペシャルドラマ『だましゑ歌麿』で17年ぶりに時代劇に出演したが、水谷は「周囲から『時代劇と戦争物は似合わない』と思われているんじゃないかと思っていた」という。その後、好評を博した本作は、続編が制作され、2012年9月15日に第2作、2013年7月27日に第3作が放送された。
2009年1月27日深夜、自宅で半開きのドアに額をぶつけ出血。自力で自宅近くの病院に直行し患部を7、8針縫う事態となったが、撮影スケジュールに支障をきたすことなく大事に至らなかった。
2011年4月27日、第139回直木賞候補にもなった荻原浩の家族小説『愛しの座敷わらし』の映画化と、主人公の高橋晃一役を演じることが発表された。監督は『相棒』シリーズの和泉聖治。映画への単独主演は1983年公開の『逃がれの街』以来29年ぶりとなる。原作を気に入った水谷が和泉に映画化企画を打診し、快諾を得たことで実現した。撮影スタッフの大半は『相棒』チームで構成されており、「いつも通り」だったという。
2011年、第24回日本メガネベストドレッサー賞芸能界部門を受賞。
2012年3月8日、ミリオンセラーを記録した妹尾河童初の自伝的長編小説『少年H』の映画化が発表され、この作品で水谷と妻の伊藤蘭がテレビドラマ『事件記者チャボ!』以来、28年ぶりに共演することと、結婚後初の夫婦共演にして夫婦役を務めることが併せて発表された。
2017年公開の主演映画『TAP THE LAST SHOW』で監督デビュー。
2019年公開の監督2作目『轢き逃げ 最高の最悪な日』では脚本も手がける。同作のインタビューで尊敬する監督に『十二人の怒れる男』や『セルピコ』『狼たちの午後』などで知られるシドニー・ルメットやビリー・ワイルダー、俺たちに明日はないのアーサー・ペン、クリント・イーストウッドを挙げ、若いころに影響を受けた好きな役者にマーロン・ブランドやアル・パチーノ、ロバート・デニーロ、ダスティン・ホフマン、ジャック・ニコルソン、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、ウォーレン・ベイティなどを挙げた。
1975年、萩原のソロ・アルバム「兄貴のブギ」にゲスト参加している。
1977年「はーばーらいと」(作詞:松本隆、作曲:井上陽水)で歌手デビュー。「表参道軟派ストリート」(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童)、『熱中時代・刑事編』主題歌の「カリフォルニア・コネクション」(作詞:阿木燿子、作曲:平尾昌晃)をヒットさせる。
1986年「Unlimited Night Concert」を最後に音楽活動を休止。水谷曰く「芝居の台詞と違って、決められたリズムの中で歌わなければいけない音楽の世界では歌の主人公のイメージが充分表現しきれていない。しかし、コンサート会場はいつもいっぱいでそんな現実と自分の想いのギャップに違和感を覚えていた」ため。
2008年3月、22年ぶりに音楽活動を再開。5月14日、代表曲「カリフォルニア・コネクション」などを中心にセルフカバーしたアルバム『TIME CAPSULE』を発売。5月18日にはラゾーナ川崎PLAZAルーファ広場グランドステージで『TIME CAPSULE』発売記念イベントを開催、トークのほか「カリフォルニア・コネクション」「やさしさ紙芝居」「何んて優しい時代」の3曲を歌い、22年のブランクを感じさせない歌声を披露した。会場は約1万人のファンで5階テラスまで埋め尽くされ、観客の中には水谷本人の意向により、『熱中時代』先生編第1シリーズで主題歌「ぼくの先生はフィーバー」を歌い、第10話にゲスト出演した原田潤が招待されている。これらの模様は翌日、各局の芸能ニュースで放送された。同アルバムはオリコンアルバムチャート初登場2位を記録する大ヒットとなり、年末放送の第50回日本レコード大賞にて企画賞を受賞。「若い頃の歌なのに、55歳という年齢になってようやく歌の世界がイメージできるようになってきた」と語っている。11月25日、第59回NHK紅白歌合戦に初出場が決定。発表の席は欠席したがVTRで登場。当たり役でもある杉下右京を髣髴とさせる演技を交えながらコメントを述べた。大晦日の第59回NHK紅白歌合戦にデビュー32年目にして初出演、「カリフォルニア・コネクション」を歌唱した。
2009年6月25日 から7月19日にかけて、23年ぶりとなるコンサートツアー『水谷豊コンサート TIME CAPSULE ツアー 2009』を開催。厚木市文化会館を皮切りにファイナルの東京厚生年金会館まで10都市13公演を行った。
2023年11月、10月に娘・趣里と2人で新会社(Trysome Bros.LLC合同会社)を立ち上げていたことを週刊文春で報じられた。
『熱中時代・刑事編』(1979年)で共演したミッキー・マッケンジーと1982年に結婚。結婚半年後より東京とロサンゼルスでの別居状態となって不仲説が報じられるようになり、1986年5月に離婚が成立した。
一方で、『あんちゃん』(1982年)の共演で意気投合し、『事件記者チャボ!』(1983年)で自らの指名により再び共演した伊藤蘭との熱愛が報じられるようになり、1986年5月の離婚成立後より半同棲に近い生活を開始。1988年11月にプロポーズし、翌1989年1月にハワイにて挙式を行い、結婚。同月24日に同地のホテルで記者会見を開いた。再婚時、インタビューで「奥さんの事を何と呼んでますか?」との質問に恥ずかしがりながらも「ランちゃんさん」と答えて笑いを誘った。翌1990年に長女の趣里が誕生。その後も変わらず妻のことを自宅でも「蘭さん」と呼んでいるそうで、「死ぬまでに1度はちゃん呼びしたいと思っている」と語っていた。2013年公開の映画『少年H』で『事件記者チャボ!』以来28年ぶりに共演し夫婦役を演じている。また、娘の趣里には「ダダ」と呼ばれている。
妻・蘭の曽祖父は第15代広島市長を務めた伊藤貞次である。2013年7月26日、映画『少年H』のPRのため広島市役所を夫婦で訪れている。
伊藤貞次 | 奈良村正則 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
伊藤太郎 | ハマ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
伊藤英邦 | 八重子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
水谷豊 | 伊藤蘭 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
趣里 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
発売日 | 規格 | 規格品番 | 面 | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
フォーライフ・レコード | ||||||||
1977年7月10日 | EP | FLS-1001 | A | はーばーらいと | 松本隆 | 井上陽水 | 佐藤準 | |
B | 夏のめまい | 白石ありす | ||||||
1977年11月25日 | EP | FLS-1013 | A | やりなおそうよ | 阿木燿子 | 宇崎竜童 | 石川鷹彦 | |
B | ミッド・ナイト・ムービー(深夜劇場) | |||||||
1978年3月25日 | EP | FLS-1023 | A | 表参道軟派ストリート | 鈴木茂 | |||
B | 小道具 | |||||||
1978年7月25日 | EP | FLS-1028 | A | 故郷フィーリング | 日本テレビ系グランド劇場『オレの愛妻物語』主題歌。 | |||
B | 我楽多マップ | |||||||
1979年4月21日 | EP | FLS-1044 | A | カリフォルニア・コネクション | 平尾昌晃 | 日本テレビ系テレビドラマ『熱中時代・刑事編』主題歌。65万枚を超すセールスを記録。 | ||
B | 僕らの時代 | |||||||
1980年3月21日 | EP | FLS-1069 | A | あす陽炎 | 伊勢正三 | 石川鷹彦 | ||
B | 旅ごころ | 宇崎竜童 | ||||||
1980年7月21日 | EP | FLS-1076 | A | やさしさ紙芝居 | 松本隆 | 平尾昌晃 | 日本テレビ系テレビドラマ『熱中時代(教師編II)』主題歌。 | |
B | 青空のバラード | |||||||
1980年11月21日 | EP | 7K-10 | A | はあとふる | 日本テレビ系テレビドラマ『熱中時代(教師編II)』挿入歌。 | |||
B | ロックンロール・ティーチャー | 歌:松木里江。 | ||||||
1981年4月21日 | EP | 7K-20 | A | 真夜中のスウィング | 山梨鐐平 | |||
B | American Line | 井上陽水 | ||||||
1981年7月5日 | EP | 7K-27 | A | BARA BARA | 柴野繁幸 | |||
B | WAY | 水谷晴夫 | ||||||
1981年11月5日 | EP | 7K-43 | A | レモンティーで乾杯 | 松宮恭子 | |||
B | 銀のピアスは似合わない | |||||||
1982年9月21日 | EP | 7K-73 | A | 普通のラブソング | 筒美京平 | 日本テレビ系テレビドラマ『あんちゃん』主題歌。 | ||
B | さすらい人のバラード | |||||||
1983年9月21日 | EP | 7K-128 | A | 何んて優しい時代 | 水谷豊 | 瀬尾一三 | 日本テレビ系テレビドラマ『事件記者チャボ!』主題歌。 | |
B | Silent Night(Single mix ver.) | 福島邦子 | ||||||
1984年11月21日 | EP | 7K-164 | A | 人魚の誘惑 | 伊勢正三・井上毅 | 伊勢正三 | 石川鷹彦 | 日本テレビ系テレビドラマ『気分は名探偵』主題歌。 |
B | Stranger | 伊達歩 | 和泉常寛 | 大谷和夫 | ||||
1986年6月5日 | EP | 7K-227 | A | 笑うなよ | 秋元康 | 山梨鐐平 | 瀬尾一三 | |
B | BALLADE | 庄司明弘 | 谷口雅洋 | |||||
1988年11月21日 | EP | 7K-321 | A | 愛してると言ってくれ | 斎藤誠 | 杉山卓夫 | ||
B | 朝のテーブル | 石川Kanji | ||||||
キングレコード | ||||||||
1999年10月8日 | 8cmCD | KIDX-482 | 1 | エンジェルSTREET | 湯川れい子 | 平尾昌晃 | 伊豆のりお | TBS系テレビ月曜ドラマスペシャル西村京太郎サスペンス『探偵 左文字進シリーズ』主題歌。 |
2 | どんな時も | |||||||
avex | ||||||||
2009年5月6日 | CD | IOCD-20283 | 1 | 大丈夫だよ | 松尾潔 | 佐藤準 | 佐藤準 | |
2 | シルエット | 水谷豊 | ||||||
トライサム・公式ショップ限定商品 | ||||||||
2016年6月30日 | CD | 1 | ありがとう | 木本慶子 | 佐藤準 | 佐藤準 | ||
2 | こころ | 水谷晴夫 | ||||||
3 | 名前で呼ぼう | 阿木燿子 | 宇崎竜童 | |||||
4 | 俺達のマドンナ feat. 宇崎竜童 |
This article uses material from the Wikipedia 日本語 article 水谷豊, which is released under the Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 license ("CC BY-SA 3.0"); additional terms may apply (view authors). コンテンツは、特に記載されていない限り、CC BY-SA 4.0のもとで利用可能です。 Images, videos and audio are available under their respective licenses.
®Wikipedia is a registered trademark of the Wiki Foundation, Inc. Wiki 日本語 (DUHOCTRUNGQUOC.VN) is an independent company and has no affiliation with Wiki Foundation.