第84回天皇杯全日本サッカー選手権大会(だい84かい てんのうはいぜんにほんサッカーせんしゅけんたいかい)は、2004年(平成16年)9月17日から2005年(平成17年)1月1日まで開催された天皇杯全日本サッカー選手権大会である。
開催国 | 日本 |
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参加チーム数 | 80 |
優勝 | 東京ヴェルディ1969 |
準優勝 | ジュビロ磐田 |
試合総数 | 79 |
東京ヴェルディ1969が、8年ぶり5度目(前身の読売クラブ、ヴェルディ川崎時代を含む)の優勝を果たした。
この大会より一部レギュレーションが変更になっている。
1回戦 | 9月23日 | 都道府県代表24チームの出場 |
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2回戦 | 9月26日 | 都道府県代表23チーム、JFL、大学シードチームの出場 |
3回戦 | 10月10日 | J2チームの出場 |
4回戦 | 11月13日、14日 | J1チームの出場 |
5回戦 | 12月12日 | |
準々決勝 | 12月19日 | |
準決勝 | 12月25日 | |
決勝 | 2005年1月1日 | 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 |
11月13日
11月14日
2004年12月12日 13:00 |
FC東京 | 6 - 3 | 大宮アルディージャ |
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馬場憂太 1分 ジャーン 22分 58分 (o.g.) 石川直宏 70分 ルーカス 80分 ケリー 88分 | 冨田大介 40分 高橋泰 65分, 69分 |
決勝に勝ち残ったのは、第76回大会以来8年振りの優勝を目指す東京ヴェルディ1969と、2年連続の決勝進出となったジュビロ磐田。大晦日の大雪も止み、青空の下5万を超える大観衆が詰めかけた中で行われた。
試合は前回決勝進出時のメンバーから大きく若返った東京Vがスピード感あふれるサッカーで試合を押し気味に進める。前半35分、東京VはMF小林大悟のフリーキックからゴール前に飛び出したFW平本一樹がヘディングシュート、ポストに跳ね返ったこぼれ球をFW飯尾一慶が拾ってゴールに押し込み、東京Vが先制する。しかし前半終了間際、東京Vの攻撃の起点となっていたMF小林慶行が2枚目のイエローカードを受けて退場、東京Vは試合の残り45分を10人で戦うことになり、戦術上の問題から先制点を挙げた飯尾を前半終了時にベンチに下げざるを得なくなった。
後半開始時点で磐田はFW中山雅史を投入。早い時間帯での同点を狙いに攻勢に出るが、逆に後半8分、東京VのFW平本が中盤でボールを奪うと、そのままドリブルでゴール前に持ち込んで2点目を挙げ、試合の流れを決定づけた。この後はFW川口信男・MF藤田俊哉と攻撃的選手を次々と投入する磐田の怒濤のパワープレーを、人数をかけてペナルティエリア内を固めた東京Vがしのぐ展開が続き、磐田の攻撃を後半32分の西紀寛の1点のみに押さえた東京Vが8年ぶり5度目、東京移転後は初のタイトル獲得となった。
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