目黒駅(めぐろえき)は、東京都品川区上大崎にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東急電鉄(東急)・東京地下鉄(東京メトロ)・東京都交通局(都営地下鉄)の駅である。
目黒駅 | |
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西口(2007年4月) | |
めぐろ Meguro | |
所在地 | 東京都品川区上大崎 |
所属事業者 |
所在地は目黒区ではなく品川区であり(後述)、同区最北端の駅である。なお、目黒区にある駅で「目黒」を駅名に冠する駅は、中目黒駅である。
以下の4社局4路線が乗り入れ、相互間の接続駅となっている。
東急・東京メトロ・都営地下鉄の駅は、目黒線と南北線および三田線の間で相互直通運転を行っている。3社局の路線が乗り入れる共同使用駅で東急の管轄となっている。3者の乗り入れで1者が管轄する珍しい事例の共同使用駅である。
また、南北線と三田線は、当駅から白金高輪駅までの区間で駅・線路設備を共用している。当該区間については、南北線を運行する東京メトロが第一種鉄道事業者として施設を保有しており、三田線を運行する東京都交通局は第二種鉄道事業者となる。
駅名は目黒駅であるが、駅の所在地は目黒区ではなく品川区である。開設時に遡っても、目黒村でなく大崎村に位置している。
駅名選定の経緯は残されていないが、目黒不動尊や目黒川など周辺には「目黒」を冠する名称が多い。設置場所については、蒸気機関車の煙や振動が農作物に悪影響を与えると心配した地元農民の反対運動のため、目黒川沿いに鉄道を建設する当初計画が変更されたとする伝承(目黒駅追上事件と称される)がある。一方、地理学者の青木栄一はこうした伝承のほとんどは文献資料などの根拠を欠いたものであると述べている。
こうした通説の否定を踏まえ、杉山淳一は、目黒駅が大崎から渋谷までのほぼ直線上になった路線上にあることに着目し、目黒川沿いに鉄道を敷いた場合のコストを考慮した上で路線が計画され、結果的に現在の設置場所に目黒駅が設けられたのではないかと推測している。
このような経緯から、当駅周辺では落語「目黒のさんま」に因んで、品川区側と目黒区側の両方で「目黒のさんま祭り」がそれぞれ別の団体によって異なる日に開催されている。
JR 目黒駅 | |
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東口(2018年1月) | |
めぐろ Meguro | |
◄JY 23 五反田 (1.2 km) (1.5 km) 恵比寿 JY 21► | |
所在地 | 東京都品川区上大崎二丁目16-9 |
駅番号 | JY22 |
所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
所属路線 | ■山手線 |
キロ程 | 4.1 km(品川起点) |
電報略号 | メク |
駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
ホーム | 1面2線 |
乗車人員 -統計年度- | 83,770人/日(降車客含まず) -2022年- |
開業年月日 | 1885年(明治18年)3月16日 |
備考 |
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島式ホーム1面2線を有する地上駅。改札は橋上と地下の2か所にある。また、東急線との連絡改札口が設置されている。東急線連絡改札口にはお客さまサポートコールシステムが導入されており、早朝および深夜の一部時間帯を除き、遠隔対応のため改札係員は不在となる。
山手線では2012年度から2017年度にかけて各駅にホームドアを設置する計画があり、目黒駅では2010年8月から他駅に先行して供用が開始された。目黒駅では過去、1992年3月18日と3月19日の2日間にわたり、外回りの最後部1両分を使用してホームドアの設置・稼働試験が行われたことがあった。
2016年より首都圏の駅で導入されたJR東日本の駅ナンバリングは、当駅が導入第一号となり、同年8月20日未明に駅名標が駅ナンバリング入りのものに交換された。
番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
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1 | 山手線 | 内回り | 品川・東京・上野方面 |
2 | 外回り | 渋谷・新宿・池袋方面 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
東急・東京メトロ・都営地下鉄 目黒駅 (目黒線・南北線・三田線) | |
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ホーム(2018年6月) | |
めぐろ Meguro | |
所在地 | 東京都品川区上大崎四丁目2-1 |
所属事業者 | |
電報略号 |
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駅構造 | 地下駅 |
ホーム | 1面2線 |
乗降人員 -統計年度- | (東急電鉄)-2022年- 223,329人/日 (東京メトロ)-2022年- 91,094 人/日 (都営地下鉄)-2022年- 81,374人/日 |
開業年月日 | 1923年(大正12年)3月11日 |
乗入路線 3 路線 | |
所属路線 | ■東急目黒線 |
駅番号 | MG01 |
キロ程 | 0.0 km(目黒起点) |
(1.0 km) 不動前 MG02► | |
所属路線 | ●東京メトロ南北線 |
駅番号 | N01 |
キロ程 | 0.0 km(目黒起点) |
(1.3 km) 白金台 N 02► | |
所属路線 | ●都営地下鉄三田線 |
駅番号 | I01 |
キロ程 | 0.0 km(目黒起点) |
(1.3 km) 白金台 I 02► | |
備考 | 共同使用駅(東急電鉄の管轄駅) |
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島式ホーム1面2線を有する地下駅。駅自体は東急電鉄が管轄しているため、フルスクリーン式ホームドアを採用している南北線では唯一の可動式ホーム柵設置駅である。ホームや各社局乗務員詰所、変電所、信号機器室、通信機器室、ポンプ室などが地下4階にあり、改札口や駅事務室、換気機械室、各社局乗務員事務室などが地下3階にある。
自動券売機は東急電鉄・東京メトロ・都営地下鉄の3種類のものが設置されているので、目的地に応じた券売機を利用する必要がある。ただし、白金台駅・白金高輪駅への乗車券購入は東京メトロ・都営地下鉄のどちらのものを利用しても差し支えなく行える。また、PASMO、SuicaなどのICカード乗車券へのチャージ・PASMOの新規発行や定期券(磁気・PASMO)の発行は駅業務を所轄している東急電鉄が行っており、東京メトロ・東京都交通局の自動券売機ではチャージができない。また東京メトロ・東京都交通局の定期券・PASMO書き込み式企画乗車券の発行もできない(東急電鉄⇔東京メトロ・東京都交通局の連絡定期券は「定期券」と表示のある券売機で発行可能)。
東急電鉄の駅長所在駅であり、「目黒駅管内」として、当駅 - 奥沢駅間を管理している。なお、東京メトロの駅としては、霞ケ関駅務管区溜池山王地域の被管理駅、都営地下鉄の駅としては、日比谷駅務管区日比谷駅務区の被管理駅である。
東京メトロ最南端の駅である。また、東京メトロとしては品川区に属する唯一の駅でもある。
番線 | 事業者 | 路線 | 行先 |
---|---|---|---|
1 | 東急電鉄 | 目黒線 | 大岡山・日吉・新横浜・二俣川方面 |
2 | 東京メトロ | 南北線 | 赤羽岩淵・浦和美園方面 |
東京都交通局 | 都営三田線 | 西高島平方面 |
東急線開業当初は2面3線の地上相対式ホームを持つ頭端式の地上駅であり、その後1953年に駅ビルが建ち、地下1階に東急ストアが入居していた。正面に改札口が設置されたほか、1番線のホーム中央に1994年2月28日まで山手線ホームへの連絡改札口が設置されていた。1997年7月27日に現在の構造になったが、山手線ホームへの連絡改札口は引き続き設置され、東急電鉄とJRで別々になった。
東横線複々線化工事に伴い、1991年(平成3年)4月から駅全体の地下化工事に着手した。
地平の不動前駅に対して当駅は高台にあり、同駅から特認となる40‰の急勾配を登って運行していた。地下化後は不動前駅から下り4‰の勾配に緩和され、地上から約20 m掘り下げた地下駅に至る。
当駅は起点(行き止まり式の終着駅)であり、地下化工事期間中は運転本数の少ない昼間時間帯(10時頃 - 16時頃)に片側の線路のみを使用した単線運転とすることで、負担の大きい夜間作業の低減と工事費用の低減を図った。
具体的には1991年(平成3年)11月、当駅近くに設置していた折り返し用の両渡り分岐器を約500 m離れた目黒川の手前付近に移設(片側渡り線を2基)し、ここに架線の開閉所を設置した。ここから当駅までは単線並列運行となり、昼間時間帯に片側の線路を線路閉鎖・饋電停止(架線を停電させる)を行うことで、工事作業に使用させるものである。
また、地下化切り替え工事は上下線とも一晩で地上線から地下線へ切り替えることを想定していたが、実際には切り替え作業工程が多く、終電後から初電までの時間内では収まらないことが判明した。このため、事前作業で新上り線のみを地下線へと切り替え(地上の2番線への発着はできなくなる)、1997年(平成9年)7月26日は終日にわたり、地上の1番線のみを使用した単線運転を行った。そして、同日終電後に地上1番線への仮設桁(仮線路)を撤去し、上下線とも地下線への切り替え工事が完了した。
当駅の1日平均乗降人員は、1999年度まで約30万人程度で推移していたが、都営地下鉄三田線、東京メトロ南北線の開業により、東急目黒線との直通が始まり、2000年度以降は利用客が増加した。2017年度における4社合計の1日平均乗降人員は約71.6万人であり、年間では約2億6100万人となっている。
各年度の1日平均乗降人員は下表の通り(JRを除く)。
年度 | 東京急行電鉄 / 東急電鉄 | 営団 / 東京メトロ | 都営地下鉄 | |||
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1日平均 乗降人員 | 増加率 | 1日平均 乗降人員 | 増加率 | 1日平均 乗降人員 | 増加率 | |
2000年(平成12年) | 132,948 | 34,834 | 31,332 | |||
2001年(平成13年) | 170,698 | 28.4% | 51,488 | 47.8% | 46,057 | 47.0% |
2002年(平成14年) | 180,398 | 5.7% | 57,400 | 11.5% | 52,915 | 14.9% |
2003年(平成15年) | 186,301 | 3.3% | 65,748 | 14.6% | 55,720 | 5.3% |
2004年(平成16年) | 191,340 | 2.7% | 66,210 | 0.7% | 58,153 | 4.4% |
2005年(平成17年) | 195,425 | 2.1% | 70,088 | 5.9% | 61,453 | 5.7% |
2006年(平成18年) | 203,745 | 4.3% | 74,879 | 6.8% | 66,370 | 8.0% |
2007年(平成19年) | 221,429 | 8.7% | 86,549 | 15.6% | 73,493 | 10.7% |
2008年(平成20年) | 235,367 | 6.3% | 90,332 | 4.4% | 77,589 | 5.6% |
2009年(平成21年) | 241,585 | 2.6% | 92,666 | 2.6% | 80,825 | 4.2% |
2010年(平成22年) | 235,597 | −2.5% | 93,678 | 1.1% | 78,990 | −2.3% |
2011年(平成23年) | 236,572 | 0.4% | 94,530 | 0.9% | 78,127 | −1.1% |
2012年(平成24年) | 241,718 | 2.2% | 98,495 | 4.2% | 81,069 | 3.8% |
2013年(平成25年) | 248,074 | 2.6% | 102,998 | 4.6% | 83,424 | 2.9% |
2014年(平成26年) | 251,530 | 1.4% | 105,289 | 2.2% | 85,305 | 2.3% |
2015年(平成27年) | 259,382 | 3.1% | 109,114 | 3.6% | 88,327 | 3.5% |
2016年(平成28年) | 267,662 | 3.2% | 112,752 | 3.3% | 92,429 | 4.6% |
2017年(平成29年) | 276,680 | 3.4% | 118,326 | 4.9% | 97,236 | 5.2% |
2018年(平成30年) | 285,661 | 3.2% | 122,861 | 3.8% | 102,086 | 5.0% |
2019年(令和元年) | 286,145 | 0.2% | 122,641 | −0.2% | 105,218 | 3.1% |
2020年(令和 | 2年)185,621 | −35.1% | 78,456 | −36.0% | 68,840 | −34.6% |
2021年(令和 | 3年)199,638 | 7.6% | 81,059 | 3.3% | 71,285 | 3.6% |
2022年(令和 | 4年)223,329 | 11.9% | 91,094 | 12.4% | 81,374 | 14.2% |
各年度の1日平均乗車人員は下表の通り。
年度 | 日本鉄道 / 国鉄 | 目黒蒲田電鉄 | 出典 |
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1884年(明治17年) | 未開業 | ||
1885年(明治18年) | 10 | ||
1886年(明治19年) | 9 | ||
1888年(明治21年) | 28 | ||
1890年(明治23年) | 38 | ||
1891年(明治24年) | 37 | ||
1893年(明治26年) | 59 | ||
1895年(明治28年) | 144 | ||
1896年(明治29年) | 234 | ||
1897年(明治30年) | 311 | ||
1898年(明治31年) | 381 | ||
1899年(明治32年) | 375 | ||
1900年(明治33年) | 400 | ||
1901年(明治34年) | 442 | ||
1902年(明治35年) | 417 | ||
1903年(明治36年) | 431 | ||
1904年(明治37年) | 277 | ||
1905年(明治38年) | 304 | ||
1907年(明治40年) | 496 | ||
1908年(明治41年) | 615 | ||
1909年(明治42年) | 785 | ||
1911年(明治44年) | 1,501 | ||
1912年(大正元年) | 1,598 | ||
1913年(大正 | 2年)1,409 | ||
1914年(大正 | 3年)1,178 | ||
1915年(大正 | 4年)1,256 | ||
1916年(大正 | 5年)1,617 | ||
1919年(大正 | 8年)2,919 | ||
1920年(大正 | 9年)4,163 | ||
1922年(大正11年) | 6,431 | ||
1923年(大正12年) | 11,921 | ||
1924年(大正13年) | 16,386 | ||
1925年(大正14年) | 15,637 | ||
1926年(昭和元年) | 18,275 | 20,371 | |
1927年(昭和 | 2年)18,110 | 23,274 | |
1928年(昭和 | 3年)16,356 | 24,046 | |
1929年(昭和 | 4年)16,216 | 24,508 | |
1930年(昭和 | 5年)15,247 | 12,293 | |
1931年(昭和 | 6年)14,243 | 22,868 | |
1932年(昭和 | 7年)13,714 | 22,221 | |
1933年(昭和 | 8年)13,788 | 22,651 | |
1934年(昭和 | 9年)14,109 | 22,827 | |
1935年(昭和10年) | 14,591 | 23,492 |
年度 | 国鉄 / JR東日本 | 東京急行電鉄 | 営団 | 都営地下鉄 | 出典 |
---|---|---|---|---|---|
1953年(昭和28年) | 35,534 | 未開業 | 未開業 | ||
1954年(昭和29年) | 37,788 | ||||
1955年(昭和30年) | 39,957 | ||||
1956年(昭和31年) | 41,612 | 51,373 | |||
1957年(昭和32年) | 44,243 | 55,774 | |||
1958年(昭和33年) | 46,217 | 58,228 | |||
1959年(昭和34年) | 49,545 | 61,208 | |||
1960年(昭和35年) | 52,388 | 64,038 | |||
1961年(昭和36年) | 53,631 | 66,181 | |||
1962年(昭和37年) | 56,664 | 69,315 | |||
1963年(昭和38年) | 60,581 | 71,693 | |||
1964年(昭和39年) | 62,084 | 71,200 | |||
1965年(昭和40年) | 61,585 | 68,881 | |||
1966年(昭和41年) | 62,099 | 65,733 | |||
1967年(昭和42年) | 63,110 | 65,231 | |||
1968年(昭和43年) | 63,727 | 64,925 | |||
1969年(昭和44年) | 59,710 | 63,597 | |||
1970年(昭和45年) | 60,910 | 62,847 | |||
1971年(昭和46年) | 104,246 | 61,391 | |||
1972年(昭和47年) | 104,263 | 62,671 | |||
1973年(昭和48年) | 105,666 | 63,458 | |||
1974年(昭和49年) | 108,381 | 62,658 | |||
1975年(昭和50年) | 106,273 | 61,219 | |||
1976年(昭和51年) | 107,581 | 59,953 | |||
1977年(昭和52年) | 105,622 | 59,622 | |||
1978年(昭和53年) | 104,959 | 58,888 | |||
1979年(昭和54年) | 104,344 | 57,538 | |||
1980年(昭和55年) | 101,674 | 56,175 | |||
1981年(昭和56年) | 102,041 | 55,342 | |||
1982年(昭和57年) | 101,688 | 54,759 | |||
1983年(昭和58年) | 100,257 | 54,393 | |||
1984年(昭和59年) | 101,707 | 55,044 | |||
1985年(昭和60年) | 100,545 | 54,992 | |||
1986年(昭和61年) | 102,148 | 55,510 | |||
1987年(昭和62年) | 102,874 | 56,005 | |||
1988年(昭和63年) | 109,000 | 56,792 | |||
1989年(平成元年) | 110,227 | 56,934 | |||
1990年(平成 | 2年)113,460 | 58,997 | |||
1991年(平成 | 3年)116,563 | 60,541 | |||
1992年(平成 | 4年)115,753 | 59,786 | |||
1993年(平成 | 5年)115,455 | 59,025 | |||
1994年(平成 | 6年)114,745 | 58,526 | |||
1995年(平成 | 7年)113,478 | 58,178 | |||
1996年(平成 | 8年)114,063 | 58,389 | |||
1997年(平成 | 9年)112,956 | 57,748 | |||
1998年(平成10年) | 111,362 | 57,074 | |||
1999年(平成11年) | 110,348 | 56,459 | |||
2000年(平成12年) | 106,820 | 65,899 | 18,032 | 15,684 |
年度 | JR東日本 | 東京急行電鉄 / 東急電鉄 | 営団 / 東京メトロ | 都営地下鉄 | 出典 |
---|---|---|---|---|---|
2001年(平成13年) | 99,547 | 83,365 | 25,677 | 23,123 | |
2002年(平成14年) | 99,413 | 88,047 | 28,642 | 26,619 | |
2003年(平成15年) | 98,561 | 91,128 | 31,716 | 28,055 | |
2004年(平成16年) | 97,463 | 93,285 | 33,230 | 29,227 | |
2005年(平成17年) | 98,344 | 95,141 | 35,660 | 30,940 | |
2006年(平成18年) | 100,006 | 99,151 | 37,795 | 33,370 | |
2007年(平成19年) | 105,073 | 107,148 | 42,934 | 37,044 | |
2008年(平成20年) | 106,132 | 114,792 | 44,849 | 39,688 | |
2009年(平成21年) | 104,923 | 118,170 | 45,666 | 41,353 | |
2010年(平成22年) | 102,310 | 115,482 | 46,118 | 40,447 | |
2011年(平成23年) | 101,998 | 116,049 | 46,680 | 39,997 | |
2012年(平成24年) | 103,033 | 118,374 | 48,478 | 41,489 | |
2013年(平成25年) | 106,538 | 122,849 | 50,627 | 42,647 | |
2014年(平成26年) | 106,504 | 124,778 | 51,845 | 43,633 | |
2015年(平成27年) | 108,163 | 128,566 | 53,705 | 45,177 | |
2016年(平成28年) | 110,219 | 132,732 | 55,493 | 47,253 | |
2017年(平成29年) | 111,655 | 137,241 | 58,260 | 49,130 | |
2018年(平成30年) | 115,560 | 141,532 | 60,551 | 52,120 | |
2019年(令和元年) | 113,496 | 141,790 | 60,470 | 53,724 | |
2020年(令和 | 2年)72,657 | 35,064 | |||
2021年(令和 | 3年)74,660 | 36,486 | |||
2022年(令和 | 4年)83,770 | 41,721 |
都営バスは東口ロータリー内、東急バスは目黒通り上(東行は駅北側、西行は駅南側)に分かれて設置している。停留所名は東急バス西行きのみ「目黒駅東口」、他は「目黒駅前」となる。
のりば | 停留所名 | 運行事業者 | 系統・行先 |
---|---|---|---|
1 | 目黒駅前 | 都営バス | 品93:大井競馬場前・品川車庫前・都立産業技術高専品川キャンパス前 |
2 | |||
7 | 東急バス | 東98:東京駅南口 | |
a | 目黒駅東口 | 東98:清水・等々力操車所 |
0 - 2番のりばは目黒通り上(駅南側)、3 - 5番のりばは目黒駅西口正面に設置。
のりば | 運行事業者 | 系統・行先 |
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0 | 東急バス | 黒09:下馬営業所 / 野沢龍雲寺(循環) |
2 | 黒06:三軒茶屋駅 | |
3 | 黒01:大岡山小学校前 | |
3B | 黒01:清水 | |
4 | 黒02:二子玉川駅 / 等々力七丁目 | |
5 | 黒07:弦巻営業所 |
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