杉尾 秀哉(すぎお ひでや、1957年9月30日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト。立憲民主党所属の参議院議員(2期)。元TBS報道局記者。
杉尾 秀哉 すぎお ひでや | |
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大分市内で演説する杉尾秀哉(2023年4月) | |
生年月日 | 1957年9月30日(66歳) |
出生地 | 日本 福岡県北九州市門司区 |
出身校 | 東京大学文学部社会学科 (現:東京大学文学部行動文化学科社会学専修課程) |
前職 | TBSテレビ解説専門記者室長 |
所属政党 | (民主党→) (民進党→) (旧立憲民主党/新政信州→) 立憲民主党(菅直人G) |
称号 | 文学士 |
公式サイト | 杉尾ひでや |
選挙区 | 長野県選挙区 |
当選回数 | 2回 |
在任期間 | 2016年7月26日 - 現職 |
その他の職歴 | |
立憲民主党ネクスト内閣府担当大臣 泉健太「次の内閣」 (2022年9月13日 - 現職) |
すぎお ひでや 杉尾 秀哉 | |
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生誕 | 1957年9月30日(66歳) 日本・福岡県北九州市門司区 |
国籍 | 日本 |
出身校 | 東京大学文学部社会学科 (現・東京大学文学部行動文化学科社会学専修課程) |
職業 | 政治家、ジャーナリスト |
活動期間 | 1980年 - 現在 |
肩書き | 元TBSテレビ社員 元報道局社会部記者 元報道局政治部記者 元ニュースキャスター 元報道局外信部デスク 元報道局社会部長 元解説委員 元特別解説委員 元解説専門記者室長 元東京放送労働組合副委員長 |
政党 | 立憲民主党 |
配偶者 | あり(1984年結婚) |
子供 | 娘2人 |
福岡県北九州市で生まれ、船乗りだった父の転職で兵庫県明石市に移り住んだ。小学生の頃は病弱だった上、吃音があったが少しずつ克服したという。
神戸大学附属明石中学校、1976年、兵庫県立加古川東高等学校、1981年、東京大学文学部社会学科(現在:東京大学文学部行動文化学科社会学専修課程)卒業。高校では放送部に在籍し、コンテスト応募のため少年院を出て奉仕活動に取り組む少年のラジオドキュメンタリーを制作したことが、放送局員に関心を持ったきっかけとなった。東京大学ではアメリカンフットボール部「東大ウォーリアーズ」で主将を務めた。
1981年、TBSに記者職として入社。TBSへの入社後は、制作センター報道局ニュース部、報道局社会部では警視庁記者クラブ(捜査一、三課を担当)、司法記者クラブキャップ、報道局社会部サブデスクなどを担当、報道局編集部では『JNNニュースコープ』副編集長、報道局政経部(現在:報道局政治部)平河クラブキャップ(自民党・旧竹下派担当)を担当した。その後、『ビッグモーニング』において司会者の生島ヒロシがたびたび遅刻することでスタッフとの間に溝が出来たためではないかと週刊誌に報道されたことを受け、上司から『ビッグモーニング』に移るフリーアナウンサー・荒川強啓の後任として、1993年4月『JNNニュースの森』の2代目メインキャスターに就任。4年半担当した。
1997年10月から報道局外信部デスク兼『サンデーモーニング』のリポーターを担当。その後、1998年から2001年までJNNワシントン支局長として03年間アメリカ合衆国大統領選挙の取材、帰国後の2001年1月より『JNNニュースの森』編集長に就任。在任期間中の同年3月にかつて『JNNニュースの森』でコンビを組んだ久和ひとみキャスターが死去、3日に執り行われた葬儀告別式では弔辞を読んだ。9カ月間による編集長を経て同年10月から前任の報道局社会部→経済部記者・松原耕二キャスターの後任で同番組メインキャスターを再び担当。記者経験の豊富さから選挙開票特番やJNN報道特別番組なども担当するTBSが誇る看板キャスターとなった。
2004年9月24日をもって『JNNニュースの森』を小川知子と共に降板し、TBSテレビ編成制作本部報道局取材センター社会部長(2004年10月1日 - 2006年9月1日)を務めた。
TBS編成制作本部報道局解説・専門記者室解説委員となり、編成制作本部イブニングワイド部担当局次長(2006年9月1日 - 2006年10月1日)、編成制作本部報道局編集センター担当局次長(2006年10月1日 - 2007年7月4日)を解説委員と兼務。
TBS編成制作本部報道局解説・専門記者室解説委員(兼)編成制作本部報道局編集センタースペシャリスト局次長(2007年7月4日 - )。なお、TBS公式サイトでは「TBSテレビ報道局解説・専門記者室長」となっていた。
2015年7月28日、翌年の参院選から定数を「10増10減」する改正公職選挙法が成立。法改正に伴い、長野県選挙区の定数は「4」から「2」に減り、同選挙区はすなわち「一人区」となった。同年11月6日、連合長野は民主党に早期の候補者決定を求め、同党は「11月末までに決める」と答えた。しかし候補者選びが難航し、決定期限を「年内をめど」に延期した。改選期を迎える北澤俊美の進退が注目される中、新人候補として杉尾に白羽の矢が立ち、12月26日、杉尾の年内のTBS退職が明らかとなった。
2016年1月5日、党県連代表の北澤は自ら杉尾に、第24回参議院議員通常選挙・長野県選挙区の公認候補として立候補するよう要請。日本共産党は唐沢千晶の擁立を決めていたが、野党統一候補実現のため擁立取りやめの考えを示唆した。1月11日、杉尾は正式に出馬表明をした。2月20日、北澤は正式に政界引退を表明。2月25日、民主、共産、社民の野党3党は長野市内で会合を開き、選挙協力について協議。共産党は唐沢の擁立を取り下げ、杉尾に一本化する方針が決定した。
同年3月27日、民主党・維新の党の合流により結党した民進党に参加。
選挙期間中、1994年松本サリン事件報道で報道被害を受けた河野義行が松本市内で講演を行い、話題となった。共産党・社民党の推薦も得て、7月10日に行われた同選挙で自民党現職の若林健太ら2候補を破り初当選した。同年9月15日の民進党代表選挙では蓮舫の推薦人に名を連ねた。
2017年7月27日、民進党代表の蓮舫が、同月の東京都議会議員選挙の結果を受けて辞任を表明。蓮舫の辞任に伴う代表選挙(9月1日投開票)では枝野幸男の推薦人に名を連ねた。
2018年4月9日、民進党と希望の党による新党に参加しない意向を表明、翌10日、民進党に離党届を提出し、11日に受理された。12日には立憲民主党に入党届を提出し17日承認された。5月29日、立憲民主党の長野県連の代表に就任。
2020年9月15日、旧立憲民主党と国民民主党は、2つの無所属グループを加えた形で新「立憲民主党」を結成。杉尾も新党に参加。
2021年10月13日の森裕子議員による参議院本会議代表質問などによると、フェイクニュースを発信していたとされるツイッターアカウント「Dappi」の発信元の法人ワンズクエストを、小西洋之議員とともに発信者情報開示請求により特定し、更に10月6日提訴した。
同年11月30日に行われた枝野幸男代表枝野の辞任に伴う代表選挙では、西村智奈美の推薦人に名を連ねた。
2022年2月27日、自民党長野県連は、夏の参院選に向けた候補者選考委員会を長野市内で開き、タレントの松山三四六を擁立する方向で決定した。同年5月4日、立憲民主党、日本共産党、社会民主党は、杉尾を野党統一候補として一本化することに合意。また、信州市民連合との政策協定書にそれぞれ署名した。5月26日、日本維新の会長野県総支部代表の手塚大輔は長野県庁で記者会見し、自身が同党公認で次期参院選に出馬する意向を表明した。
当初は杉尾が大きくリードしていたが、6月22日の公示後の各社情勢調査では、杉尾と松山について「激しく競り合う」(毎日新聞、信濃毎日新聞)、「横一線」(産経新聞)などの報道が続いた。勝機と見た自民党本部は大物議員を続々と投入した。7月4日には岸田文雄首相が長野入りし、「日本の明日を切り拓くことができるのは、自公政権と松山三四六しかいない」と街宣車から訴えた。7月6日、週刊文春の電子版が松山の女性問題を、週刊新潮の電子版が松山の金銭問題を報道。批判がわきおこり、一気に潮流が変わった。8日には安倍晋三の応援演説が予定されていたが、自民党は7日、安倍の遊説先を奈良県に急遽変更した。9日の岸田首相の来援もキャンセルされた。7月10日投開票。杉尾は松山、手塚ら5候補を破り、再選を果たした。杉尾は10日夜、取材に応じ「僕から言うのも何だが、(6日の)報道は大きかった」と語った。
参院選後に行われた立憲民主党の役員人事と組織改編に伴い、杉尾は2022年9月13日に次の内閣の「ネクスト内閣府担当大臣」に就任した。
TBS時代
上記以外にも緊急の報道特別番組にもメインキャスターやコメンテーターとして数多く出演した。
退社・議員転身後
報道局社会部記者
報道局政経部記者
『JNNニュースの森』キャスター(第1期)
JNNワシントン支局 - 『JNNニュースの森』編集長
『JNNニュースの森』キャスター(第2期)
『イブニング・ファイブ』
『サンデースコープ』
『週刊BS-TBS報道部』
議会 | ||
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先代 青木愛 | 参議院東日本大震災復興特別委員長 2020年 -2021年 | 次代 那谷屋正義 |
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