方言: ある地域で用いられる言語の体系。または共通語と事なる言語体系。

方言 (ほうげん、英: accent, dialect)は、ある言語が地域によって別々な発達をし、音韻・文法・語彙などの上で相違のあるいくつかの言語圏に分かれた、と見なされたときの、それぞれの地域の言語体系のこと。ある地域での(他の地域とは異なった面をもつ)言語体系のこと。地域方言とも言い、普通、「方言」は地域方言を指す。一方、同一地域内にあっても、社会階層や民族の違いなどによって言語体系が異なる場合は社会方言と言う。

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概説

言語は変化しやすいものなので、地域ごと、話者の集団ごとに必然的に多様化していく傾向があり、発音や語彙、文法に相違が生じる。したがって、差異の程度が別の言語までには広がっておらず同じ言語の変種と認められるものの、部分的に他の地域の言葉と異なった特徴を持つようになったものを方言と呼ぶ。

なお、方言同士が時を経てそれぞれ異なる方向に変化し、やがては意思の疎通ができなくなる。しかし、このような過程のある段階で各々の方言は別言語だとみなされるようになる。同じ語族に属する言語とは、理論上、そもそも同じ言語(祖語)の方言がさらに変化して別言語に枝分かれしたものである。

ある方言の語彙のうちで、その方言に特有の単語は俚言(りげん)と呼ぶ。俗に「方言」ということばは俚言に限定した意味で使われることもあるが、言語学でいう「方言」は他方言と共通する語彙も含んだ概念である。

「言語」との違い

言語学的には、言語と方言は、相互理解可能性によって区別される。話者Aと話者Bがそれぞれの場合で、単一の母語を持ち、この母語だけで話すとしたとき、Aがその母語を使ってBに話し、BがAの話した内容を理解できないとき、二人の話す母語はそれぞれに独立した言語である。理解できる場合はAとBは同じ言語の方言となる。

ただし実際には、「同語族・同語派・同語群の別の言語」と「同一言語の中の方言」の違いは曖昧である。中には、隣接する地域同士ではそれぞれ意思疎通が可能でも、数地域隔たると全く意思疎通ができなくなる場合もある。国境の有無や、友好国同士か敵対国同士かというような政治的・歴史的な条件、正書法の有無・差異などを根拠に両者の区別が議論されることもある。そのため、「世界にいくつの言語が存在するか」という質問への明確な答も存在しない。

ユネスコでは「言語」と「方言」を区別せず、全て「言語」として統一している。

各国での方言の実例

「言語」と「方言」の境界が曖昧な事例は、世界中で見られる。

  • ユーゴスラビアセルビアクロアチアボスニア・ヘルツェゴビナ地方などでは、セルビア語クロアチア語ボスニア語といった言語が話されてきたが、これらの言語は表記体系・正書法・規範的な語彙に違いがあってもお互いに非常に近く、第二次大戦後の旧ユーゴスラビアにおいてはセルボクロアチア語という1つの言語だとされた。しかしユーゴスラビア紛争を経て国家が分裂した現在、それぞれの国家・民族でセルボクロアチア語はセルビア語クロアチア語ボスニア語という相異なった3つの言語であると再び主張されるようになり、モンテネグロ独立後は更にモンテネグロ語の存在も主張されるようになった。一方でセルボクロアチア語には発音・語彙的に多くの方言が存在するが(シュト方言を参照)、セルビア語・クロアチア語・ボスニア語の分布は発音・語彙的な方言とは一致せずむしろそれらに対して横断的になっており、発話上のセルビア語・クロアチア語・ボスニア語の違いを決定付けるのは最終的には発話者の民族意識となる。なお、Wikipediaにはセルビア語版Wikiクロアチア語版Wikiボスニア語版Wikiが存在し、それらとは別に更にセルボクロアチア語版Wikiも存在する。
  • インドネシアの公用語であるインドネシア語マレーシアの公用語であるマレー語の方言を基盤に整備されたものである。そのためインドネシア語とマレー語の共通性は元々非常に高く、更に現在では両言語は正書法も同一のものとなっている。しかし、一般的には両言語は別言語として扱われている。
  • インドの公用語であるヒンディー語パキスタンの公用語であるウルドゥー語は両国が同一のムガル帝国のころは同じ言語(ヒンドゥースターニー語)であったが、インドとパキスタンの分裂により別の言語とされ、その後はイスラム共和国であるパキスタンがペルシア語アラビア語の単語や文字を取り入れ、インドがヒンディー語からイスラムの影響を排しサンスクリット語を代わりに取り入れるインド化をおこなうなどの差別化を行った。ただし、現在でも両言語の話者の意思疎通は可能である。
  • 中国語の下位区分である呉語閩語粤語などは中国語では「方言」と呼ばれるが、それぞれが独立した言語(または語群)と呼べるほどの違いを持ち、日本語でいうところの「方言」や英語でいうところの「dialect」とは異なる。ヴィクター・メアは「dialect」のかわりに「方言」を直訳した「topolect」という語を使うことを提案している。
  • ドイツ語は北部方言(低地ドイツ語)と標準語を擁する南部方言(高地ドイツ語)とで互いに通じないほど違うが、どちらもドイツ語を構成する方言とされている。一方でドイツ語北部方言はオランダ語ときわめて近い関係にあるが、オランダ語はドイツ語の方言とみなされない。そのため、ドイツ語北部方言とオランダ語は会話が容易でありながら別言語とされ、ドイツ語北部方言とドイツ語南部方言は会話が困難でありながら同言語とされる奇妙な現象が起こる。
  • 英語イギリスで用いられるものとアメリカ合衆国のものとで細部が異なり、前者はBritish English(イギリス英語)、後者はAmerican English(アメリカ英語)と呼称される。このほか例えばイギリス北部訛とアメリカ南部訛の英語は同じ文章を読むにおいても発音の仕方が著しくことなるので強い訛り型の場合は意思の疎通が困難である。またInglish(インド英語)やSinglish(シンガポール英語)など、かつてイギリスの植民地だった地域には独自の方言がある。
  • ベッサラビア(現モルドバ)でかつて使われた言葉もルーマニア語とされ、大ルーマニア支配下ではルーマニア標準語の広まりによりほとんど差異がなくなっていた。しかしソビエト連邦の占領政策によりモルドバ語の存在が主張され、キリル文字化と並行して別言語とされた。ソ連崩壊後のモルドバ共和国では再びルーマニア語との同一性が主張されるようになり、2013年最高裁判所の判決にて「モルドバの公用語はルーマニア語である」と規定された。
  • アラビア語は東はオマーンから西はモーリタニアまで26の国家で公用語とされている。 湾岸方言ヒジャーズ方言イラク方言、シリア方言、レバノン方言パレスチナ方言エジプト方言スーダン方言、マグリブ方言、ハッサニヤ方言などに大別され、それぞれの地域のなかでも違いがある。地域によっては、宗派ごとに話されるアラビア語に差異があるなどする。また、生活形態によっても、地域を越えてそれぞれ共通の特徴がある。遊牧民方言、農村方言、都市方言の3つに分けられる。 現代アラブ世界での現代標準アラビア語と方言の関係は、中世カトリック教会地域におけるラテン語ロマンス諸語の関係に似ている。後者が前者から派生し、多くの変種に分かれていること。前者が日常語としては死語であるが、公的な話し言葉、書き言葉として通用し、後者は基本的に書かれることはまれであることが、その理由である。このことから、言語学においてアラビア語は二言語使い分けの典型的な例とされる。

近代(国民)国家と標準語政策

近代に至ってフランス型の標準語政策は国民形成、国民統合と国民国家建設に欠かせない要件として世界中の国々に受け入れられていく(後述する日本の標準語化政策も例外ではない)。

フランスの方言政策

絶対王政期のフランスでは、国家によってオイル語系の北フランスの方言を基にした標準語が定められ、それまで南部オクシタニアで話されるオック語系のプロヴァンス語などや、ロマンス語イタリック語派)には属さない島嶼ケルト語系統のブルターニュ語ドイツ語の方言に属すアレマン語系統のアルザス語など、標準フランス語とは系統の異なる地方言語を標準フランス語に対する方言と定義付けて、方言より標準語を優越させる政策が始められた。

例えば、学校教育において、方言を話した生徒に方言札を付けさせて見せしめにするということが行なわれた。この制度は日本にも取り入れられた。現在でも、フランスでは標準フランス語を優越させる政策が続いている。

2020年11月、話す時の訛りに基づく差別は「人種差別の一種」だとして、これを禁止する法案が可決した。人種差別、性差別障害者差別に加えて、訛りに基づく差別も犯罪となり、最高刑では禁錮3年および罰金4万5000ユーロが科される。フランス語圏話者はフランス本土の北部と南部の違いがある他、離島などの海外領土アフリカ大陸からの出身者も多くいることで、異なる発音をした場合に差別を受けることが大きな問題になっている。

イタリアの方言政策

長い間、統一政府が作られずに分裂状態であり、さらに多くの都市が外国に支配されていたイタリアでは、様々な方言が存在する。

方言が様々で争いさえ起きたイタリアでは、ラジオ・テレビ放送が始まった当初多くの人々が驚いたと言われている。それは、「放送局RAIが、標準語を定義した」というイタリアで初めての試みであったからである。「テレビ放送が始まってから、初めて標準語を知った」農村地方の老人も多かったと言われている。

日本

日本においては、既に820年頃成立の『東大寺諷誦文稿』には「此当国方言、毛人方言、飛騨方言、東国方言」という記述が見え、これが国内文献で用いられた「方言」という語の最古例とされる。当時、既に方言という概念が存在していたことを物語っている。

沖縄県鹿児島県奄美群島の言語は、地理的、歴史的要因から本土の日本語とは差異が著しく、「琉球方言」として日本語の一方言とする考えと、「琉球語」として日本語(「標準語」を含む本土諸方言の総称としての)と同系統(日琉語族)の別言語とする考え、さらには「琉球諸語」とみなし奄美語国頭語沖縄語宮古語八重山語与那国語を個別言語とする考えがある。

日本の方言政策

明治時代以降、一個の政府のもとに統一された日本では、中央集権国家を目指したため、学校教育の中で標準語の普及を押し進めた。1888年に設立された国語伝習所の趣旨には次のように論じられている。「国語は、国体を鞏固にするものなり、何となれば、国語は、邦語と共に存亡し、邦語と共に盛蓑するものなればなり」特に軍では、異なる地方の者同士では、方言の差異のために命令の取り違えすら発生しかねない有様であり、死活問題でもあった。このことから、方言および日本で話されていた他の言語を廃する政策がとられた。方言を話す者が劣等感を持たされたり、または差別されるようになり、それまで当たり前であった方言の使用がはばかられることになった。ただし、方言追放を徹底できたとは言い難く、軍・政府の重鎮でありながら終生南部弁が抜けなかった米内光政のような例もある。

現在ではテレビ・ラジオにおける標準語使用の影響などにより標準語が日本全国に浸透し、各地の方言は衰退や変容を余儀なくされた。各地のアクセントは多くの地域で保持されているが、語彙は世代を下るに従って失われやすいとされる。

そのため、文化庁などが消滅の危機にある言語・方言の保存・継承のための様々な取組を行っている。

生物の名

生物の名は、各地で古くから使われた地方ごとの名があることが多く、方言名と呼ばれることがある。日本の場合、生物学では学名とともにそれに対応する標準和名をつけることが多く、これと方言名との間で標準語と方言のような対立を生む場合がある。

方言名が生まれるためにはその生物がその地域の人間に特定的に認識され、親しまれる必要がある。そのため、たとえばごく小さな昆虫には害虫でない限りそれがないことが多い。他方、よく親しまれていても、それが他地域との間で流通する場合には、統一されることが多い。アユはその例である。従って、親しまれていて、なおかつ流通しないものに方言名が多く、メダカはその例で日本中で5000もの別名がある。カブトムシクワガタムシもよく親しまれ、ごく最近までは流通しなかったものであり、多くの地方名があったようだが、昆虫採集少年たちが標準和名を広めたため、消失した。

なお、方言名がそのまま和名として採用される例もある。アカマタガラスヒバァなどはこの例である。

脚注

注釈

出典

関連項目

外部リンク

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