生涯と作品
生い立ち 1771年、エディンバラ に生まれる。父は同名の弁護士ウォルター・スコット、母のアン・ラザフォードはエディンバラ大学 医学部教授ジョン・ラザフォード(英語版 ) の長女、祖先はバクルー公爵 スコット家、つまりスチュアート朝 の庶流の分流である。ウォルターは12人兄弟の9番目だったが、兄弟のうち6人は幼くして亡くなっている。3歳の時に小児麻痺 で左足が不自由になり、療養のためロクスバラ州のスメイルホルムという農村にある大きな農場を持つ祖父母の家で過ごし、このスコティッシュ・ボーダーズ 地域で古い史譚や、祖母の語って聞かせるバラッドを楽しみとし、また読み書きを学び、読書にも親しんだ。1778年にエディンバラのグラマースクール に入学、語学を得意とし、文学と歴史に関心を持った。1783年12歳の時にエディンバラ大学 古典学科に入学、イタリア の詩人の作を耽読した。1785年に健康のために大学を中退して、父の法律事務所で働き、1792年に弁護士 資格を得る一方で、トマス・パーシー(英語版 ) 『英国古詩拾遺』に刺激を受け、地方の伝説やバラッド などの蒐集に励んだ。
ゲーテ 、ビュルガー(ドイツ語版 ) 、シラー などドイツ のロマン派 文学に惹かれ、1796年にビュルガーの『レノーレ』、1799年にゲーテ『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン 』の英語訳を出版した。次いで『ミンストレルジー・オブ・スコティッシュ・ボーダー』を出版する。1797年にはフランス革命戦争 に備えて騎兵義勇隊を結成して訓練に励んだ。この年、兄や友人とイングランド西北部のカンバーランド へ旅行し、そこでフランス からの亡命者ミス・シャーロット・シャーパンティアに出会って結婚して、この地に住み、翌年にはエディンバラの南のラスウェイド(英語版 ) に移った。1799年にはセルカーク州知事代理に任命される。
詩作時代 かつての級友で出版事業を営むジェームズ・バランタイン(英語版 ) に出版業を勧め、やがて出資者、共同経営者となって、1802年から1803年にかけて『スコットランド歌謡集』全3巻を出版する。1804年にスコットランド旅行中のウィリアム・ワーズワース と知り合い、以後終生の友人となる。弁護士を続けながら、1804年から1812年までシェルカーク州ツイード河畔 エトリック・フォレスト(英語版 ) のアシェスティール(英語版 ) の農家に住み、1805年に法廷弁護士を辞めて、翌1806年からスコットランド最高民事裁判所の高級書記官となり、生涯にわたって務めた。後にセルカーク州の司法行政長官も務める。
1805年に出版した物語詩 『最後の吟遊詩人の歌』がワーズワースを初めとして評価され、名声を高めた。17世紀の詩人ジョン・ドライデン の全集の編集を行いながら、物語詩、叙事詩の創作に力を注ぎ、『マーミオン』『湖上の美人 』などを発表する。1811年にアボッツフォードの邸宅(英語版 ) を購入した。
1813年にヘンリー・ジェイムズ・パイの後を受けて桂冠詩人 に擬せられたが、これを辞退して後輩のロバート・サウジー を推薦した。
小説の時代 エディンバラ にあるスコット記念塔 戦争の影響でバランタインの出版社の経営が悪化し、救済のために歴史小説『ウェイヴァリー』を1814年に無署名で発表、これが好評だったために、その後次々と歴史小説を発表する。続く作品で「ウェイヴァリーの著者によって」と巻頭に記したことから、スコットの小説の総称として「ウェイヴァリー小説群 (Waverley Novels )」という呼び名が生まれた。1820年にジョージ4世 からサー の称号を与えられ、また同年エディンバラ学士院(英語版 ) 院長に推戴された。
バランタインの出版社は1826年に破産を宣告され、スコットはその債務の返済のために作品を書き続け、大作『ナポレオン伝』(1827年)などを執筆した。1830年に卒中を起こし、1831年に保養のためナポリ に滞在したが、数か月後に孫の死を知ってアボッツフォードに帰郷し、その数週間後に死去した。ドライバラ寺院(英語版 ) のスコット家墓地に葬られた。
代表作として叙事詩『湖上の美人 』(1810年 )、歴史小説 『ウェイヴァリー(英語版 ) 』(1814年 )、『ロブ・ロイ(英語版 ) 』(1817年 )、『ランメルモールのルチア 』の原作となった歴史小説『ランマームーアの花嫁(英語版 ) 』(1819年 )、『アイヴァンホー 』(1820年 )など。「ウェイヴァリー小説」の作者であることを公表したのは1827年にだった。『ミドロジアンの心臓 』(1818年)はポーティアス騒動(英語版 ) におけるヘレン・ウォーカーという実在した女性の行動を題材にしたもので、スコットはその後の1831年に、ヘレンの埋葬されているアイアングレーの教会墓地に墓石を建て、墓碑銘を刻んだ。
ウォルター・スコットの肖像はスコットランド銀行 発行のすべての紙幣に使用されている。
ペンネームで執筆することを好み、"The Great Unknown"と呼ばれた。スコットを「現代のシェイクスピア」と慕っていたワシントン・アーヴィング も、スコットに倣ってペンネームを多用した。
アボッツフォード邸 アボッツフォード, ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット 1844年撮影 スコットは1811年にスコティッシュ・ボーダーズ の真ん中メルローズ 近郊に110エーカー の土地を購入し、翌年から移住し、1824年にゴシック調 の大規模な邸宅を完成させ「アボッツフォード邸(英語版 ) 」と呼んだ。この邸宅はヴィクトリア朝 時代の建築に大きな影響を与えたと言われている。ワシントン・アーヴィング は、イギリス滞在中の1817年に、詩人トマス・キャンベル(英語版 ) の紹介状を得てアボッツフォード邸を訪問し、その時の随想『ウォルター・スコット邸訪問記』(Abbortsford 、『クレヨンの雑録集』(The Crayon Miscellany , 1835年)所収)を執筆した。
現在は資料館として一般公開され、図書室には9千冊の蔵書が所蔵している。
作品リスト
詩 Translations and Imitations from German Ballads , 1796年 The Chase (ブリュゲルDer Wilde Jäger の英訳), 1796年 The Minstrelsy of the Scottish Border , 1802年–1803年 『最後の吟遊詩人の歌』The Lay of the Last Minstrel , 1805年 『最後の吟遊詩人の歌 作品研究』佐藤猛郎 著訳 評論社 1983年 Ballads and Lyrical Pieces , 1806年 『マーミオン』Marmion , 1808年 『湖上の美人』The Lady of the Lake , 1810年 『湖上の美人』馬場睦夫訳 植竹書院 1915年 『湖上の美人』幡谷正雄 訳 交蘭社 1925年 『湖の麗人』入江直祐 訳 岩波文庫 1936年 『湖上の美人』佐藤猛郎訳 あるば書房 2002年 The Vision of Don Roderick , 1811年 The Bridal of Triermain , 1813年 Rokeby , 1813年 The Field of Waterloo , 1815年 The Lord of the Isles , 1815年 Harold the Dauntless , 1817年 小説 ウェイヴァリー小説群
『ウェイヴァリー』Waverley , 1814年 『ウェイヴァリー あるいは60年前の物語』佐藤猛郎 訳 万葉舎 万葉新書 ウォルター・スコット歴史小説名作集 2011年 『ガイ・マナリング』Guy Mannering , 1815年 The Antiquary , 1816年 The Black Dwarf and The Tale of Old Mortality (Tales of My Landlord の第1作), 1816年 『ロブ・ロイ』Rob Roy , 1817年 『ミドロジアンの心臓 』The Heart of Midlothian (Tales of My Landlord の第2作) 1818年 『ミドロジアンの心臓 ディーンズ姉妹の生涯』玉木次郎訳 岩波文庫 全3巻、1956年-1957年 『アイヴァンホー 』Ivanhoe , 1819年。訳書はリンク先参照 『モントローズ綺譚』The Legend of Montrose 1819年 『ランマームーアの花嫁』The Bride of Lammermoor and A Legend of Montrose (Tales of My Landlord の第3作), 1819年 『修道院長』(The Abbot )1920年 『アボット』古賀啓子訳 筒井敬介 文「少年少女世界文学全集 国際版」小学館 1978年 『修道院』The Monastery and The Abbot (Tales from Benedictine Sources シリーズ), 1820年 『ケニルワースの城』Kenilworth , 1821年 『ケニルワースの城』朱牟田夏雄 訳 世界文学全集 集英社 1970年、のち新版 『海賊』The Pirate , 1822年 The Fortunes of Nigel , 1822年 Peveril of the Peak , 1822年 Quentin Durward , 1823年 St. Ronan's Well , 1824年 Redgauntlet , 1824年 『婚約者』The Betrothed 『護符』The Talisman (Tales of the Crusaders シリーズ), 1825年 『獅子王リチャード』西村暢夫 訳 上崎美恵子 文「少年少女世界文学全集 国際版」小学館 1978年 Woodstock , 1826年 『美しきパースの娘』The Fair Maid of Perth (Chronicles of the Canongate シリーズ第2作), 1828年 Anne of Geierstein , 1829年 Count Robert of Paris and Castle Dangerous (Tales of My Landlord シリーズ第4作), 1832年 その他
短編集 The Highland Widow , The Two Drovers , The Surgeon's Daughter (Chronicles of the Canongate シリーズ第1作), 1827年 My Aunt Margaret's Mirror , The Tapestried Chamber , Death of the Laird's Jock (The Keepsake Stories シリーズ), 1828年 戯曲 ノンフィクション The Border Antiquities of England and Scotland (Luke Clennell 、John Greigと共著、全2巻),1814年–1817年 Essays on Chivalry, Romance, and Drama (『ブリタニカ百科事典 』への補足), 1815年–1824年 Paul's Letters to his Kinsfolk , 1816年 Provincial Antiquities of Scotland , 1819年–1826年 Lives of the Novelists , 1821年–1824年 The Journal of Sir Walter Scott , 1825年–1832年 The Letters of Malachi Malagrowther , 1826年 『ナポレオン伝』The Life of Napoleon Buonaparte , 1827年 Religious Discourses , 1828年 Tales of a Grandfather; Being Stories Taken from Scottish History (Tales of a Grandfather シリーズ第1作), 1828年 The History of Scotland: Volume I , 1829年 Tales of a Grandfather; Being Stories Taken from Scottish History (Tales of a Grandfather シリーズ第2作, 1829年 Essays on Ballad Poetry , 1830年 The History of Scotland: Volume II , 1830年 Tales of a Grandfather; Being Stories Taken from Scottish History (Tales of a Grandfather シリーズ第3作), 1830年 Letters on Demonology and Witchcraft , 1830年 Tales of a Grandfather; Being Stories Taken from the History of France (Tales of a Grandfather シリーズ第4作), 1831年 日本語の伝記
大和資雄 『スコット』研究社出版 新英米文学評伝叢書、1955年 J. G. ロックハート(英語版 ) (佐藤猛郎 、佐藤豊、原田祐貨共訳)『ウォルター・スコット伝』 彩流社、2001年 松井優子 『スコット 人と文学』勉誠出版 世界の作家、2007年 脚注
参考文献
朱牟田夏雄 「スコット 生涯と作品」(『世界文学全集 8 ケニルワースの城 アドルフ』集英社 1975年) 関連項目
バジル・ホール - 失意のスコットにナポリ行きを薦め療養の手配をした。 外部リンク
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