手塚 昌明(てづか まさあき、(1955年〈昭和30年〉1月24日 - )は、日本の映画監督。
てづか まさあき 手塚 昌明 | |
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生年月日 | 1955年1月24日(69歳) |
出生地 | 日本 栃木県 |
職業 | 映画監督 |
主な作品 | |
栃木県出身。日本大学藝術学部映画学科監督コース卒業後、1980年公開の映画『古都』以降、フリーとして西河克己や市川崑の助監督を経て、1994年に東宝映画入社。『モスラ2 海底の大決戦』『モスラ3 キングギドラ来襲』にて、チーフ助監督を務める。
2000年、『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』にて監督デビュー。その後は『ゴジラ×メカゴジラ』『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』で監督を務めた。
熱心なゴジラファンであり、幼少期に観た『キングコング対ゴジラ』(1962年)に影響を受けている。また、『モスラ対ゴジラ』にも思い入れがあり、『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』では同作品を意識したほか、同作品に出演した星由里子や小泉博を自作品で起用するなどしている。東宝へ入社した理由も、ゴジラの監督になるためであった。東宝プロデューサーの富山省吾は、手塚を採用した理由について市川崑から信頼される優秀な人物であったからとしており、当時は市川組の手塚がゴジラファンであったとは知らなかったと述べている。『東京SOS』で特殊技術を務めた浅田英一も、『竹取物語』(1987年)のころは特撮好きという気配は微塵も見せていなかったといい、『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』の監督になった時も東宝の社員監督の中から持ち上がりで担当しただけだろうと思っていたと述懐している。『ゴジラ×メカゴジラ』に出演した水野久美は、手塚についてゴジラや東宝特撮への愛情を持っている監督であったと評している。『東京SOS』で主演を務めた金子昇は、自身が出会った中で手塚が一番もゴジラオタクであったと述べている。
『さよならジュピター』(1984年)で助監督を務めたことから監督の橋本幸治に『ゴジラ』(1984年)にも誘われ、手塚は念願のゴジラシリーズへ参加できることに喜んでいたが、『ビルマの竪琴』(1985年)と重なったため実現には至らなかった。
自身が監督したゴジラシリーズでは、人間の生命をテーマとしている。
ミリタリーへの造詣も深く、ミリタリー描写も得意とするほか、映画『空へ―救いの翼―』や『絆―再びの空へ―』なども担当した。自作では、前向きな自衛隊員を描いており、「自衛隊かくあるべし」と述べている。
浅田によれば、手塚は自らこうしたいという考えの核の部分を最初からは言わず、脚本や絵コンテなどスタッフとアイデアを練る中で見せていったという。
自身の監督作品にはワンカット出演するのが恒例となっている。監督作品ではないが、『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(2001年)にも防衛軍将校として出演している。
映画の尺は短い方が良いと考えており、90分以上では観客に飽きられると語っている。『ゴジラ×メカゴジラ』では従来の作品より上映時間が短くなったが、それが制約になったとは思わなかったといい、むしろ製作の富山省吾から「90分ちょうどでいい」と言われたことに闘志を燃やし、1時間28分ぐらいに収めようと決意したことを語っている。
『ゴジラ×メカゴジラ』で脚本を担当した三村渉は、手塚によるシナリオの訂正は原稿用紙にきれいな字で書かれ、誤字を消した跡もないなど丁寧なものであったといい、三村はこれに感銘を受け、手塚のゴジラに対する愛情を感じたと述べている。『東京SOS』で共同で脚本を担当した横谷昌宏は、手塚がシーンごとに用意した手書きの文章を元にディスカッションするという形式で進め、とてもやりやすかったと語っている。
横谷によれば、手塚は貰えるにもかかわらずメカゴジラの超合金を自分でも買っていたといい、貰った方を保存用、買った方を遊び用にしていると語っていたことを証言している。
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