荒張 裕司(あらはり ゆうじ、1989年4月24日 - )は、大阪府高石市出身の元プロ野球選手(捕手、一塁手、二塁手)。右投右打。
日本ハム時代 (2012年3月16日、横浜スタジアムにて) | |
基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 大阪府高石市 |
生年月日 | 1989年4月24日(35歳) |
身長 体重 | 178 cm 84 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 捕手、一塁手、二塁手 |
プロ入り | NPB / 2009年 ドラフト6位 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について |
高石市立高南中学校時代は、高石リトルシニアに在籍。日本航空第二高を経て、愛知学院大学に進学するも中退。
その後、2008年7月20日に四国・九州アイランドリーグの徳島インディゴソックスに入団した。アイランドリーグ入りは、高校の先輩に当たる角中勝也からの勧めだったという。2年目の2009年には正捕手に定着し、打率.301を記録。リーグベストナイン(捕手部門)を獲得した。
2009年10月29日のプロ野球ドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから6位で指名を受け、11月9日に仮契約した。
2010年は、二軍で打率.296、1本塁打を記録。
2011年は打率.196、0本塁打と不振に終わる。同年10月8日に行なわれたファーム日本選手権では、故障者が続出するチームで二塁手として先発した。2013年には二軍で大谷翔平と3試合バッテリーを組み、その時の経験について「ストレートでも角度がついて低めに来て、あまり高めに浮かない。フォークボールも150キロ台なので、受け損なうとキャッチャーが怪我します。」と10年後に述べている。
2016年10月30日、記者会見で今季限りの引退を表明するとともに、東京消防庁の採用試験を受ける意向であることを明らかにした。12月2日、自由契約公示された。志願理由について、リトルリーグ時代の先輩で消防士になった人物がいたことや、「人から頼られる職業に就きたい」という思いがあることを述べている。
2017年に志望していた東京消防庁に合格した。2019年2月2日放映の「スーパーJチャンネル」(テレビ朝日)では消防士の訓練生となっている姿が紹介され、消防士に進んだ理由の一つに癌で死去した母親の存在を挙げた。2023年時点では大井消防署に勤務している。
遠投110メートルの力強いスローイングが武器。
年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 本 塁 打 | 打 点 | 三 振 | 四 球 | 死 球 | 犠 打 | 犠 飛 | 盗 塁 | 打 率 | 出 塁 率 |
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2008 | 徳島 | 19 | 40 | 5 | 13 | 0 | 2 | 7 | 1 | 0 | 2 | 0 | 4 | .325 | .341 |
2009 | 80 | 292 | 33 | 88 | 3 | 33 | 39 | 20 | 10 | 4 | 0 | 11 | .301 | .366 | |
通算:2年 | 99 | 332 | 38 | 101 | 3 | 35 | 46 | 21 | 10 | 6 | 0 | 15 | .304 | .364 |
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