不同意性交等罪(ふどういせいこうとうざい)は、16歳以上の者に対し、後述の8つの要件によって同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて性交等を行うこと、または16歳未満の者に対し性交等を行うことを内容とする犯罪類型。
この記事は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。 |
不同意性交等罪 | |
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法律・条文 | 刑法177条 |
保護法益 | 性的自由 |
主体 | 人間 |
客体 | 人間 |
実行行為 | 不同意性交等 |
主観 | 故意犯 |
結果 | 結果犯、侵害犯 |
実行の着手 | 性的不同意の状態で、人間に対して性交等に及んだ時点 |
既遂時期 | 性器、肛門又は口腔への一部挿入時点 |
法定刑 | 5年以上の有期懲役。有期懲役刑の上限は20年、加重により30年。 |
未遂・予備 | 未遂罪(180条) |
かつての強制性交等罪と準強制性交等罪を一本化した罪名であり、2023年7月13日に改正刑法が施行された。以前の強制・準強制性交等罪では、「暴行・脅迫」を用いることや「心神喪失・抗拒不能(抵抗ができない状態)」に乗じる/させることが成立要件になっていたが、「被害者の強い抵抗があったかどうかが重視され、司法判断にばらつきがある」「『暴行や脅迫』がなくても恐怖で体が固まったり、相手との関係性で抵抗できないなどの実態がある」として、見直しが求められていた。不同意性交等罪では、条文に「有効な同意」ができない8つの典型的な場面を挙げ、また婚姻の有無を問わないことを明示し、性交同意年齢を13歳から16歳へと引き上げた。
16歳以上の者に対し暴行・脅迫をはじめ有効な同意のできない8つの要件のいずれかの状況のもと性交等を行うこと、または16歳未満の者に対し同意の有無を問わず性交等を行うことを内容とする犯罪類型である。主体・客体ともに性別不問である。
法定刑は5年以上(20年以下、加重により30年以下)の懲役。
「性交等」には、性交、肛門性交、口腔性交のほか体の一部や物を膣または肛門に挿入する行為が該当する。性交、肛門性交、口腔性交の定義については強制性交等罪を参照。
8つの要件には以下の状況が該当する。
要件として示された具体的な8つの行為や状況。
18歳未満の者に対して、その者を現に監護する者(監護者)であることによる影響力があることに乗じて性交等をした場合には、監護者性交等罪(第179条第2項)に当たる。性交等の定義と法定刑は不同意性交等罪と同一である。
本条項の主体は、(18歳未満の者を)「現に監護する者」であり、真正身分犯である。「現に監護する者」の範囲に関しては、次の衆議院法務委員会での政府参考人の答弁(抄)によれば、以下の場合が想定されている。
2017年(平成29年)6月7日衆議院法務委員会での林眞琴政府参考人の答弁
…監護するというのは、民法八百二十条に親権の効力と定められているところと同様に監督し、保護することをいいまして、十八歳未満の者を現に監護する者とは、十八歳未満の者を現に監督し、保護している者をいいます。
本罪の現に監護する者に当たるか否かは個別の事案における具体的な事実関係によって判断されることとなりますが、民法における監護の概念に照らしまして、現にその者の生活全般にわたって、衣食住などの経済的な観点でありますとか生活上の指導監督などの精神的な観点、このようなものから依存、被依存ないし保護、被保護の関係が認められ、かつ、その関係に継続性が認められるということが必要であると考えております。
(中略)例えばスポーツのコーチでありますとかあるいは教師など、こういった者についてはやはり通常は、生徒等との間に生活全般にわたる依存、被依存ないし保護、被保護の関係が認められないことから、現に監護する者に当たらない場合が多いと考えております。
「影響力があることに乗じて」については、前記と同じの答弁(抄)によれば、以下の場合が想定されている。
2017年(平成29年)6月7日衆議院法務委員会での林眞琴政府参考人の答弁
乗じてとの用語でございますが、...現に監護する者であることによる影響力が一般的に存在し、当該行為時においても、その影響力を及ぼしている状態で性的行為を行うということを意味します。...性的行為を行う特定の場面におきまして、監護者からこの影響力を利用する具体的な行為がない場合でありましても、このような一般的かつ継続的な影響力を及ぼしている状態であれば、被監護者にとっては監護者の存在を離れて自由な意思決定ができない状態であると言えます。
その上で、被監護者である十八歳未満の者を現に監護し、保護している立場にある者がこのような影響力を及ぼしている状態で当該十八歳未満の者に対して性的行為をすることは、それ自体が被監護者にとって当該影響力により被監護者が監護者の存在を離れて自由な意思決定ができない状態に乗じていることにほかならないと言えます。 よって、乗じてと言えるためには、性的行為に及ぶ特定の場面において影響力を利用するための具体的な行為は必要なく、影響力を及ぼしている状態で行ったということで足りると考えております。
人の死傷を伴う場合は、結果的加重犯として刑がより重くなる。不同意性交等罪若しくは監護者性交等罪又はこれらの罪の未遂罪を犯しよって人を死傷させた時は、無期又は6年以上の懲役となる。
ここでは、過去に規定されていた犯罪類型の法的観点からのそれぞれの罪の概要について述べる。改正の経緯については、後述の節を参照のこと。
罪 | 適用期間 | 構成要件 | 公訴時効 | 親告罪 | 有期懲役 | 廃止 | 新設 | |||
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(a) 罪名:手段・状況 | (b) 性行為 | (c) 被害者 | (d) 性交同意年齢 | |||||||
強姦罪 (第177条) 準強姦罪 (第178条) | 1908年- 2017年 | 強姦罪:「暴行・脅迫」を用いる 準強姦罪:「心神喪失・抗拒不能(抵抗ができない状態)」にする/乗じる | 男性器の挿入が条件 姦淫(男性器を女性器に挿入する) | 被害者は女性、加害者は男性のみ | 13歳 13歳未満は、 (a)の要件なし、 相手が同意していても処罰の対象 | 10年 | 親告罪 (被害者が告訴しなければ、検察は事件を起訴できない) | 2-15年(1908-2004年) 3-20年(2005-2017年) | ||
強制性交等罪(第177条) 準強制性交等罪(第178条第2項) | 2017年- 2023年 | 強制性交等罪:「暴行・脅迫」を用いる 準強制性交等罪:「心神喪失・抗拒不能(抵抗ができない状態)」にする/乗じる | 男性器の挿入が条件 性交、肛門性交または口腔性交(男性器を女性器や肛門、口腔内に挿入する/させる) | 性別を問わない(女性以外も被害者に、男性以外も加害者に) | 13歳 (〃) | 10年 | 非親告罪 (事件の認定をもって、検察は事件を起訴できる) | 5-20年 | 法定刑の引き上げに伴い「集団強姦罪」「集団強姦致死傷罪」を廃止 | 「監護者性交等罪」「監護者わいせつ罪」 18歳未満の子どもを監護(生活全般を支える)する親や児童養護施設職員など、その影響力に乗じて性交・わいせつ行為をした者を処罰できる |
不同意性交等罪(第177条) | 2023年- | 不同意性交等罪:「8つの行為や状況」または「わいせつな行為ではないと勘違いさせたり、人違いさせる/していること」により「被害者が同意しない意思を表すことが難しい状態にする/乗じる | 性交、肛門性交または口腔性交に加えて、体の一部(指など)や物を、膣や肛門に挿入する行為も「性交」扱いに | 性別を問わない | 16歳 13未満は、(a)の要件なし; 13-15歳は、5歳以上年上の加害者は(a)の要件なし、 相手が同意していても処罰の対象 | 15年 | 非親告罪 | 5-20年 | 〔強制性交等罪と準強制性交等を統合〕 | 「性的面会要求罪」「性的姿態撮影罪」 |
暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫、または、13歳未満の女子を姦淫することを内容とする犯罪である。法定刑は3年以上20年以下(2004年改正以前は2年以上15年以下)の懲役。
姦淫とは、男性生殖器を女性生殖器に挿入すること、つまり性交であり、現在の性交等よりも範囲が限られていた。
強姦罪は真正身分犯(構成的身分犯)である(最判昭和40年3月30日刑集19巻2号125頁)ので、原則として加害者は男性であり、女性は強姦罪の加害者になりえない(女性は単独で直接正犯となりえない)。一方、刑法65条1項により、女性が加害男性と共謀した場合には強姦罪の共犯となりうる(最高裁判所昭和40年3月30日判決)。
強姦罪の客体(被害者)は女性に限定されていた。この点に関して、刑法177条の規定が憲法14条1項の法の下の平等に反しないか争われた裁判では、最高裁判例は違憲ではないとしている(最高裁判所昭和28年6月24日判決)。
強姦に着手し、これを遂げない間に相手を殺害した直後、引き続き姦淫を遂げたときは、相手が既に死亡していても、強姦については既遂罪が成立する(大阪高等裁判所昭和42年5月29日判決)。
強姦罪の暴行・脅迫については「相手方の反抗を著しく困難にする程度のものであれば足りる」として、強盗罪の場合のような、相手方の反抗を不能にする程度までの暴行・脅迫でなくともよいとする(最高裁判所昭和24年5月10日判決)。相手方が13歳未満の女子の場合は、脅迫・暴行がなく、または同意があったとしても強姦罪を構成する(刑法177条後段)。判断能力の未熟な青少年を法的に保護する趣旨である。
暴行・脅迫によらない場合も、女性の心神喪失・抗拒不能に乗じ、又は女性を心神喪失・抗拒不能にさせて姦淫した場合は、準強姦罪が成立した(刑法178条2項)。法定刑は強姦罪と同様。
心神喪失とは、精神的な障害によって正常な判断力を失った状態をいい、抗拒不能とは、心理的・物理的に抵抗ができない状態をいう。睡眠・飲酒酩酊のほか、著しい精神障害や、知的障害にある女性に対して姦淫を行うことも準強姦罪に該当する(福岡高裁昭和41年8月31日判決)。
2人以上の者が共同して強姦(準強姦含む)した場合、集団強姦罪として法定刑が加重される。なお、集団強姦罪の場合は、実際に性行為に参加していなくても、その場にいれば成立する。法定刑は4年以上20年以下の懲役。2004年に新設、2017年廃止。
上記の罪又はその未遂罪を犯し、よって人を死傷させた場合には結果的加重犯として刑が加重される。強姦致死傷罪、準強姦致死傷罪は無期又は5年以上20年以下の懲役(平成16年改正以前は無期又は3年以上15年以下の懲役)、集団強姦致死傷罪は無期又は6年以上の懲役であった。
13歳以上の者に対し暴行又は脅迫を用いて人に性交等を強い、また暴行・脅迫の有無を問わず13歳未満の者と性交等をすることを内容とする犯罪である。法定刑は5年以上20年以下の懲役。旧強姦罪。
被害者、加害者ともに性別不問である。
性交等とは「性交、肛門性交又は口腔性交」である。本罪での「性交、肛門性交又は口腔性交」のそれぞれについては文理上定義はなく、判例も2018年(平成30年)時点で不明であるが、次の衆議院法務委員会での政府参考人の答弁(抄)によれば、以下の場合が想定されている。
2017年(平成29年)6月7日衆議院法務委員会での林眞琴政府参考人の答弁
まず、性交とは、膣内に陰茎を入れる行為をいいます。肛門性交とは、肛門内に陰茎を入れる行為をいいます。また、口腔性交とは、口腔内に陰茎を入れる行為をいいます。
本条におきましては、誰の陰茎を誰の膣内、肛門内、口腔内に入れるかについては文言上限定しておりませんので、自己の膣内等に被害者の陰茎を入れる行為を含むと解することができると考えて用いておるところでございます。
したがいまして、今回の法案における性交、肛門性交または口腔性交とは、相手方の膣内、肛門内もしくは口腔内に自己の陰茎を入れる行為のほかに、自己の膣内、肛門内もしくは口腔内に相手方の陰茎を入れる行為を含むものであると考えております。
判例が不明のため構成要件該当性は不明であるが、この答弁の定義によった場合には、加害・被害側を問わず、行為者が男女間、または男性同士で、陰茎を膣、肛門もしくは口腔に入れ、または陰茎を膣、肛門もしくは口腔に入れさせた場合が対象となる。よって、オーラルセックス行為の内、フェラチオ行為でも加害・被害側を問わず対象となるが、クンニリングス行為の構成要件該当性、行為者が女性同士の場合の構成要件該当性、またフェラチオ行為についても、口腔内に陰茎を没入させず、舌で舐める等の行為に留まる場合の構成要件該当性については、この答弁においては明言されておらず、議論がある。
また、法制審議会第175回会議「性犯罪の罰則に関する検討会」における解釈では、「入れさせた」場合につき「陰茎を自己もしくは第三者の膣、肛門もしくは口腔に入れさせた」としている。
被害者が13歳未満の者の場合は、脅迫・暴行がなく、または双方の同意があったとしても強制性交等罪を構成する。
暴行・脅迫によらない場合も、心神喪失・抗拒不能に乗じ、又は心神喪失・抗拒不能にさせて性交等をした場合には、準強制性交等罪に当たる(刑法178条2項)。被害者が酒や薬物等で抵抗できない状態にされている際に課される。課される法定刑は強制性交等罪と同様。旧準強盗罪。
上記の罪又はその未遂罪を犯し、よって人を死傷させた場合には結果的加重犯として刑が加重される。強制性交等致死傷罪、準強制性交等致死傷罪ともに無期又は6年以上20年以下の懲役であった。
明治時代に定められた性犯罪に関する刑法は、性被害当事者が声を上げ、その声を各方面に働きかけた専門家や議員によって改正が実現されてきた。
不同意性交等罪では、条文に「有効な同意」ができない8つの典型的な場面を例示した。8つの類型には、「暴力・脅迫」だけでなく、「心身の障害がある場合」「アルコール・薬物を摂取している場合」「睡眠・意識不明瞭な場合」「拒絶する隙を与えない不意打ち」「恐怖・驚愕させた場合」「虐待による心理的反応がある場合」「地位・関係性が対等でない場合」が明記され、それに類する行為により「同意しない意思の形成、表明、全う」のいずれかが難しい状態にさせたり、そうした状態に乗じたりして、性行為をした」場合は処罰される。 「不同意性交等罪」という名称は、内心(不同意であったこと)のみを成立要件とはしていないが、「同意がない性行為は性犯罪になる」という性犯罪処罰規定の本質をメッセージとして伝えている。被害者が性行為に不同意である客観的な状況を条文の中で明確に規定しているため、法の明確性を守りつつ、これまでは処罰ができなかった加害者に対して適切な処罰が出来るようになる可能性がある。
不同意性交等罪では、男性器だけでなく、体の一部(指など)や物を膣や肛門に挿入することも「性交」扱いになった。配偶者(夫婦)間の不同意性交等の罪が成立することも明文化された。性的部位や下着などを盗撮したり拡散することを取り締まる「性的姿態撮影罪」(撮影罪)も新設された。公訴時効は10年から15年に延長され、被害者が未成年の場合は被害だと認識できるまでに時間がかかることなどから、公訴時効の起点を18歳とする。
大人から子どもへの、地位や信頼を利用した性暴力への対策も強める。性的行為の意味を理解し同意ができるとみなす「性交同意年齢」を13歳から16歳に引き上げ、16歳未満と性的行為を行った場合は、同意の有無に関わらず処罰の対象になる。ただし、13 - 15歳の場合は、5歳以上年上の者が処罰の対象になる。16歳未満をわいせつ目的で金銭提供を約束するなどして手なずけ、会うように仕向けたり、性的な自撮り画像などを送らせることを取り締まる「性的面会要求罪」も新設された。強制わいせつ罪(刑法第176条)と準強制わいせつ罪(刑法第178条)も統合し、罪名を「不同意わいせつ罪」(刑法第176条)に改めた。
1907年の強姦罪制定時は、加害者は男性に限られ、被害者は女性とされていた。女性は結婚相手以外の人と性交をしてはいけない「姦通」といった概念があり、家制度を守るために、「貞操」に対する罪として捉えられていた。性は、長らく「権利の問題」ではなく、家父長制や家族といった「あるべき規範」に縛られ、性暴力は「あってはならないことがおこってしまった」という観点から、被害者が責められ、告発しにくい状況があった。戦後は、「性的自由」の問題とするのが一般的となったが、「強姦」被害者の対象を女性のみにし、男性を含めないのは、女性の貞操への意識を残した差別的取り扱いではないかなどの批判もあった。
2004年の改正の際に、強姦罪等よりも重い刑を科すために創設されたが、2017年の改正で、強制・準強制性交等罪が非親告罪になり法定刑が5年以上に引き上げられて、集団強姦罪(旧刑法178条の2)の法定刑の4年以上を超えたため、廃止された。集団強姦等致死傷罪(旧刑法181条3項。無期または6年以上の懲役)も廃止され、強制性交等致死傷罪(刑法181条。無期または6年以上の懲役)に含められた。
集団強姦等罪は、2003年5月18日のインカレサークルの集団強姦事件であるスーパーフリー事件を受けて、2004年の刑法改正で創設された。2人以上の者が共同して強姦(準強姦含む)した場合に適用され、性別不問で実際に性行為に参加していなくても、その場に居れば刑罰が成立していた。
2010年、第3次男女共同参画基本計画で女性に関するあらゆる暴力の根絶が掲げられ、2015年末までに強姦罪などの「非親告罪化」「性交同意年齢引き上げ」「『暴行・強迫』を要する構成要件の見直し」が提案された。
性暴力について、日本は国連自由権規約委員会を始め、多くの国際的な条約機関から法改正の勧告を受けている。
強姦罪から「強制性交等罪」、準強姦罪から「準強制性交等罪」に変更された。強制と準強制性交等罪の刑の重さ(量刑)は同じで、5年以上20年以下の有期懲役である。
強制性交等罪(刑法第177条旧規定)は、「暴行・脅迫」を用いた13歳以上の者への性交や肛門性交、口腔性交(以下「性交等」)、13歳未満の者への性交等に対する罪である。
準強制性交等(刑法第178条旧規定)は、被害者の「心神喪失」や「抗拒不能」な状況に乗じ、またはそのような状態にさせて性交等を行った場合に、「暴行・脅迫」がなくても罪に問えるものである。準強制性交等の適用範囲は広く、「心神喪失」とは、アルコールや薬物・精神障害・失神・睡眠・泥酔などから、自身の性行為について正常な判断ができない状態にある場合をいい、「抗拒不能」とは、手足を縛られたり、催眠術・錯誤・畏怖の状態など、物理的・心理的に抵抗ができない状態にあった場合をいう。準強制性交等罪は、強制性交等罪(177条旧規定、強姦罪)よりも「意思に反する性行為」を処罰する際に、広く適用できる条文だが、実際には強制性交等罪の適用が中心で、準強制性交等罪(準強姦罪)の適用は少数にとどまっている。
2017年、性犯罪に関する刑法が1907年の制定以来110年ぶりに大幅改正され、強姦を罰する強姦罪から、より包括的な強制性交等罪へと改正された。この改正では、「女性以外の被害も対象にする」「懲役の下限を3年から5年に上げる」「被害者の告訴がなくても起訴できる(非親告罪化)」「監護者(親や養親)との性交同意年齢引き上げ」といった見直しが行われた。なお、この改正刑法には「『暴行・脅迫』の要件が据え置かれた」「公訴時効が短い」「性交同意年齢が13歳で明治時代の刑法のまま」など、多くの課題が残されたとして、施行後3年を目途に実態に即して見直しを行うという附則が付いた。
改正の要点は以下の通りであった。
性虐待の実情を鑑み、関係性を利用した強姦の中でも特に被害者の拒否が難しいと考えられることや、その後の人生に与える影響の深刻さから、「監護者性交等罪(刑法179条2項)」「監護者わいせつ罪(刑法176条)」が新設された。「監護者」とは、親などの生活や生計を共にし、保護・被保護、依存・被依存の関係にある者を監護する者のことである。これにより、監護者(実親や養親、養護施設の職員など子どもを監護する立場の人)が、18歳未満の子どもが自分の言葉を信じていることを利用したり、生活の面倒をみているという立場を利用して性交やわいせつな行為をした場合は、「暴行・脅迫」がなく、子どもの同意がある場合も罪に問われることになった。刑法改正前は、親子などの監護者と被監護者の間では、「暴行・脅迫」がない場合は強姦罪等よりも量刑が軽い児童福祉法違反(淫行、10年以下の懲役または300万円以下の罰金)で処分される例が多かったが、この法改正により強制性交等罪と同じく5年以上20年以下の有期懲役という重い罰則を科すことが可能となった。ただし、「監護者」は、同居して子どもの身の回りの世話をしている者に限定されており、その範囲が非常に狭いことが指摘されている。部会における議論では、被害者に対して強い影響力を持つ教師、スポーツ指導者、雇用主等も対象に含めるべきとの意見が出たが、具体的な事情を考慮すると規定が曖昧化しかえって抜け道が生じかねない等の理由から、改正法案には含まれなかった。被害者団体や支援者らは、そもそも「『暴行・脅迫要件』の立証が課せられる『性交同意年齢(13歳、性行為への同意を自分で判断できるとみなす年齢)』が他国と比べても低すぎること」「監護者以外であっても、地位・関係性を利用した性加害をした場合には、『暴行・脅迫』が無くても罪に問えるように法改正すること」などを求めている。2019年のフラワーデモのきっかけとなった事案では、父親が精神的支配下に置いていた娘(19歳)の意思に反して性交し、「暴行・強迫要件」による「抗拒不能」にあたらないとして1審で無罪判決になっている。
この監護者性交等罪の創設にあたっては、日本弁護士連合会(日弁連)が、「親子間で真摯な性交(子どもがその意味を理解し同意する性交)がないとは言えない」として反対し、被害者支援57団体は「子どもは保護して育ててもらっている親にノーと言えるのだとさえ思っていない」「何をしているのかを理解できず、怖さのあまり、抵抗することも拒否を示すこともできなかった」と抗議を行った。
2017年の法改正では刑法に明文化されなかったが、現状では夫婦間であっても、ドメスティックバイオレンス(DV、家庭内暴力)に該当する強制性交の罪が問われるという考え方が有力であり、内閣府は「『嫌がっているのに性的行為を強要する』『中絶を強要する』『避妊に協力しない』といったものは、夫婦間の性交であっても、刑法第177条の強制性交等罪に当たる場合があります(夫婦だからといって、暴行・脅迫を用いた性交が許されるわけではありません)」と説明している。
戦前は「夫婦間で強姦罪は成立しない」とする否定説が通説であり、その後も家父長制よる女性差別的な価値観やプライベートな問題であることなどから、夫婦間の強制性交の問題が語られることは少なかった。そのような中で、徐々に「強姦罪が夫婦間で成立するか」という議論がされ、裁判でも争われるようになった。
2023年の法改正で、配偶者(夫婦)間の不同意性交等の罪が成立することが、刑法に明文化された。
2019年3月、性犯罪に関する無罪判決が4件相次ぎ、刑法の要件が厳しすぎるため加害者が罪を免れているとして、各地で被害の実態を訴える「フラワーデモ」が始まるきっかけとなった。特に、19歳の実娘への性的暴行罪が問われた判決では、娘の同意がないと認めながら無罪としたことから大きな波紋を呼んだ。この4件のうち1件は検察官が控訴せず無罪が確定したが、3件は控訴により逆転有罪となった。
強制性交等罪の「暴行・脅迫要件」は、「性行為を犯罪として処罰するには、『相手が同意していないこと』に加えて、加害者が被害者に暴行や脅迫を加えるなどして、『抵抗できない状態につけこんだ』ことが立証されなくてはならない」とあり、司法の場では「被害者が抵抗できたはず」という考えが前提になっている。しかし、実際に性暴力被害を受けたとき、「声が出せない」「体が動かない」「頭の中が真っ白になる」「記憶がない」という『凍りつき(フリーズ)』の反応がおこることが少なくない。スウェーデンの緊急レイプセンターによると、被害者の7割の人は、恐怖で体が硬直するという調査がある。また、被害を最小限に抑えるための防衛反応として、速やかに、あるいは積極的に行為に応じてしまう「迎合反応」が起こることや、身体から意識が切り離される「解離」が起こることもある。戦うか逃げるか、凍りつくか、迎合、解離するかは、体の無意識の反応であり、理性や意志でコントロールできるものではないとされる。
2014年に発効したイスタンブール条約(女性に対する暴力と家庭内暴力の防止と撲滅に関する欧州評議会条約)は、「同意に基づかない性的行為を処罰する規定」を設けるよう締約国に求めている。多くの欧米諸国では、レイプ罪や強制わいせつ罪は「被害者の同意がない(またはその能力がない)状態での性行為」を成立要件としている。そして、「ノー・ミーンズ・ノー(No means No)=同意のない性行為を処罰する」型だけでなく、「イエス・ミーンズ・イエス(Yes means Yes)=相手の自発的な参加を確認しない性行為を処罰する」型の性的同意を採用をする国や地域が広がっている。スウェーデンやスペイン、フィンランド、デンマーク、アイスランドなどは「Yes means Yes」型の刑法であり、相手が積極的な同意を示さないまま行った性行為はすべて違法とされる。
2023年2月24日、法務省は改正案に関し、「強制性交罪」を「不同意性交罪」に罪名変更する方針を示した。「意思に反して」という点だけで処罰する成立要件は「内心のみを要件にすると処罰範囲が曖昧になる」として見送ったが、要綱でまとめられた条文には「同意しない意思」との文言が使われ、被害者の意思も重視していることが示された。このため、被害者側は実質的に同罪を具体化した条文にあたるとして罪名変更を要請し、法務省が検討を重ねていた。
2023年2月3日、法制審議会の部会で、性犯罪の実態に合わせた刑法改正の要綱案がまとまった。
2月24日、法務省は、「強制性交等罪」と「準強制性交等罪」を統合して「不同意性交等罪」に罪名変更する案を示した。
3月14日、内閣は刑法改正案を閣議決定し、国会に提出した。
6月16日、国会で法案が可決・成立し、6月23日に公布、7月13日に施行された。
性犯罪の被害者などは、改正を評価する一方で、公訴時効については、被害にあってからすぐに訴え出るのが難しいという性被害の特性から、さらなる延長・撤廃が必要だとしている。また、性暴力のない社会にするために、「何をしたら加害となり、何をされたら被害なのかについての教育の推進」「加害者への再犯防止のための支援」や、被害者に適切な支援を提供するための「相談窓口の周知」などの必要性も指摘している。
年度 | 認知件数 | 被疑者 | 被害者 | ||
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男 | 女 | 男 | 女 | ||
2021年 | 1,388 | 1,244 | 7 | 58 | 1,330 |
2020年 | 1,332 | 1,173 | 4 | 72 | 1,260 |
2019年 | 1,405 | 1,172 | 6 | 50 | 1,355 |
2018年 | 1,307 | 1,084 | 4 | 56 | 1,251 |
2017年 | 1,109 | 906 | 4 | 15 | 1,094 |
2016年 | 989 | 871 | 4 | 0 | 989 |
2020年度に内閣府が行った調査では、異性から無理やり性交された経験があると答えた女性は14人に1人だったが、そのうち警察に相談したのはわずか6.4%である。さらに客観的な証拠が無い場合、被害届が警察に受理されないというケースもあり、「強姦事件」としてカウントされるのは、ほんのわずかである。また、男性は100人に1人が無理やり性交された経験があったが、誰にも相談していない割合が女性よりも高く、被害者の多くが1人で苦しんでいる実態が分かった。
内閣府の「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」の相談件数は2021年度に5万件以上あったが、誰かに相談できた被害者のうち、ワンストップ支援センターに相談した人は0.6%だった。性暴力の被害に遭ったときの対応には、証拠の採取や緊急避妊薬を飲むなど、急を要するものがあるが、性暴力の被害に関する電話相談のうち、72時間以内に寄せられたものは14.7%だった。一方で、同年度の警察による強制性交等の認知件数は1388件にとどまっている。
国ごとに「強姦事件」が成立する条件が異なるため、日本は統計上は強姦の発生率が低い国になっている。先進国で強姦事件の認知件数が最も多いスウェーデンでは、「強姦」は、膣や肛門への指や物の挿入や、自慰行為の強制等も含まれる。2018年からは「暴行・脅迫要件」も撤廃され、「イエス」という自主性を確認できない性行為は犯罪になった。また、被害届を出しやすい環境も整っている。ストックホルムのレイプ救急センターは365日24時間体制で被害者を受け入れ、被害から10日後までレイプキットによる検査ができる。検査結果は6カ月間保管されるため、被害者が検査や治療、カウンセリングを受け、一連の処置が終わった後に警察へ届け出を出すかどうかを考えることができる。男性被害者専門のカウンセラーが対応する男性のレイプ救急センターも併設され、トランスジェンダーの被害者も受け入れている。子どもへの性教育も義務化され、危険から身を守る知識を学校で得られるよう、幼稚園の頃から、胸や性器といった他者が触れてはいけない部分があると教えている。国際的に性教育は基本的人権の1つとされ、性行為や避妊方法、性暴力、性感染症、ジェンダー論など、包括的な性教育をおこなう国は少なくない。
日本においても2023年度から、性暴力の被害者、加害者、傍観者にならないための新しい教育が始まった。発達の段階ごとに「生命の大切さ」「自分や相手を尊重し、大事にすること」「性暴力の根底にある誤った認識や行動」「性暴力が及ぼす影響」「性暴力の被害にあったときの適切な対応の仕方」などを学習する。性犯罪の被害者が、学校で性暴力について正しく学んでいたため、ワンストップ支援センターに連絡し、事情聴取や刑事裁判を乗り切ることができたという事例も存在する。
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