人物
研究の範囲は哺乳類から節足動物にいたる広範な分野におよび、晩年にいたるまで研究を続けた。
哺乳類については「樺太 の哺乳動物相」(鳥獣集報. vol. 17 no. 2: 241-282. 1960年 3月)、「千島群島 の哺乳動物相」(鳥獣集報. vol. 17 no. 2: 283-306. 1960年3月)などを発表している。哺乳類学者としては、エゾオオカミ ・キタキツネ ・エゾナキウサギ ・ホンシュウジカ 等の命名をおこなっている。また、日本人初の哺乳類図説『哺乳動物図解』を刊行した。
農林技官として農業害虫 やその駆除に貢献したが、それ以上に岸田の関心は陸上節足動物の中で人の関心を持たれない分野に集中し、クモ目 やダニ目 、ザトウムシ などの日本における先駆者である。クモに関しては、木村有香 (東北大学植物園 (現・東北大学学術資源研究公開センター植物園 )初代園長)が旧制第七高等学校造士館 在学中に採集した、原始的な形態を持ち生きている化石 として知られるキムラグモ を正式に記載し、木村に献名 したことで知られる。
岸田が関係していた学会も多く、日本動物学会 、日本生物地理学会 、日本哺乳動物学会 、日本昆虫学会 、応用動物学会、日本応用昆虫学会等の創立発起人あるいは評議員等の役員を兼任していた。また、「Lansania: Journal of Arachnology and Zoology」という雑誌をほとんどひとりで刊行していた。「Lansania」には欠落している巻号も複数存在しており、その印刷の有無および2008年までに知られている刊行巻号(付録1)、収蔵館(付録2)、未発行の原稿(付録3)が公表されている。「Lansania」は実際に発行されていない巻号や論文も数多い上に、発行年月日が不正確であるため、分類学上、あるいは文献学上の混乱をもたらした。
家族
年譜
主として安田雅俊(2005-2009)の年表「台湾モグラ考: 岸田は何をみたのか」年譜を骨格にして加筆・編集した
1888年(明治 21年)8月25日 :京都府 舞鶴 (旧加佐郡 舞鶴町 、ただし舞鶴町の誕生は1889年 (明治 22年)4月1日)に生まれる(Ono, 2005) 1908年 (明治41年): 1913年 (大正2年):検定試験によって中等教員博物の免許を取得 1914年(大正4年):秋田県大館中学校教諭(1918年 (大正7年)まで) 1915年(大正4年)11月:長男(享吉)誕生 1918年(大正7年)1月: 1920年 (大正9年) 1921年 (大正10年): 1922年 (大正11年): 農商務省鳥獣調査室(西ヶ原)嘱託兼任 9月30日:日本動物学会1922年 (大正 11年)9月例会(東京帝国大学理学部動物学教室)においてパンダ とタルバガン の毛皮を供覧 12月15日付で「動物学雑誌」34(410)が発行され、編集委員は岸田久吉、江崎悌三 、内田亨 の3名体制。 1923年 (大正12年): 1924年 (大正13年)12月:大正13年度末の日本動物学会評議員会の席で、1923年 (大正 12年)末に編集委員となった平岩馨邦が辞職を申し出たが入れられず、かわりに岸田久吉が勇退することになった。 日本動物学会 編集委員を辞任。同編集委員会は平岩馨邦、内田亨の2名体制になった。 12月15日付「動物学雑誌」36(434)が発行され、「學會記事」で編集委員として平岩馨邦と内田亨の2名が記述されている。 1925年 (大正14年) 4月1日:農商務省の廃止と農林省 の発足。 4月:三男(有吉)誕生。 1929年 (昭和4年)9月16日 Lansania:1巻1号を発刊(蘭山会)する。 1931年 (昭和6年)1月:四男(岸田正吉 )誕生 1932年 (昭和7年)11月15日 この頃の所属は「東京市西ヶ原農事試驗場鳥獸調査室」 1935年 (昭和10年):この頃、農林省鳥獣調査室が西ヶ原の農事試験場の1室から目黒の林業試験場に移転したため、岸田は目黒に出勤することが多くなった。 1937年 (昭和12年)6月:長女(田鶴子)敗血症で死去。 1940年 (昭和15年)7月:長男(享吉)結核で死去。 1948年 (昭和23年):農林省林野局林政部猟政調査室勤務。 1949年 (昭和24年):林野庁の発足に伴い林野庁指導部猟政調査課勤務。 1950年 (昭和25年):林野庁林野局(農林技官)。 1953年 (昭和28年):林野庁林野局猟政調査課。 1959年(昭和34年)林業試験場保護部併任。 1960年 (昭和35年): 3月、「樺太 の哺乳動物相」を発表。 3月31日、林野庁(農林技官)退職。 1961年 (昭和36年)9月:理学博士(広島大学広島文理科大学)「The Osteology of the Kamasisi, Capricornulus crispus (カマシシの骨学的研究)」 1962年 (昭和37年):農学博士 (東京農業大学)「日本産ウサギ科の比較骨学」 1967年 (昭和42年)11月:脳軟化症 のため療養 1968年(昭和43年) 業績と人となり
岸田は日本におけるクモ学 の開祖である。内田監修(1966)では、蛛形綱の研究史の項の日本に関する部分で岸上鎌吉 に触れたあと、岸田について「はじめは真正蜘蛛類に手をつけ、しだいに他の目にも及んで、蛛形綱の分類学的知識を普及させるのに貢献」したとある(p.25)。さらにサソリ目 の項では彼のキョクトウサソリに関する研究を「特筆すべき」と述べ(p.47)、ダニ目 では真っ先に岸田の名があがり、特に彼の影響によって内田亨 などの専門的研究者が出たことを強調している(p.141)。なお、カニムシ目 とザトウムシ目 については研究史の項は無いが、少なくともザトウムシ目ではいくつかの学名を岸田が付けている。
八木沼は、日本のクモ学の発展について記した文中で「1930年頃までは岸田久吉の一人舞台」と書いている。1930年に日本で最初のクモ類図鑑とも言うべき湯原清次の『蜘蛛の研究 』が出版されたが、掲載されたクモの同定は岸田によるものであった。ザトウムシ目についても5種があげられ、いずれも岸田の名による学名が付されているが、現在生きているものはないようである。
ダニ目においても、ササラダニ 類の専門家でこの分野の開拓者でもある青木淳一 は、岸田を「日本で最初にダニ類をされた方」と述べ、ササラダニについてもいくつかの新種を発表していたと記している。実際に青木が研究を開始したとき、それ以前に知られていたのは岸田の記録した7種のみであった。少脚目 では、岸田は日本で最初の種を記載した。
ところが、岸田の仕事には大きな瑕疵がある。彼が記載した動物の主なものは下に挙げた通りながら、彼が学名を与えたものは他にも多い。ただ、その多くが現在は生きていない。これは学問が先人の作業を見直して進むことを思えば、不思議なことではない。しかし岸田の場合、より大きな問題として、正式な記載を怠ったり記載そのものがいい加減である例が多い。
例えば上記の通り、湯原の著書の蜘蛛の同定は岸田によって行われている。そこでは命名者をKishidaとした学名が数多く挙げられているが、そのうち多くのものに原記載がない。湯原は新種記載を行う意図はなかったので、当然、岸田が正式な記載をすることを前提に出版されている。それにも関わらず、正式な記載がないため、その学名は無効であるか、あるいは湯原自身が記載したと見なさざるを得ない。タイプ標本の指定もないため、それが正式にどの種であるか、あるいは間違いであるかなどの判断ができなくなっている。
しかも、岸田の仕事は他のものについても似た例が多い。エダヒゲムシ 類の場合、彼が記載したものはその記述が曖昧で、属と種の特徴をはっきり示せていないだけでなく、種そのものの特徴をしっかり書けていないうえ、タイプ標本も残っていないため、後にそれがどの種であるかの判断ができない。それくらいなら、記載しないでくれたほうが良かったとの声すらある。
その上でも、岸田の人物評は悪くない。八木沼も青木も、岸田との関わりについて、常に先輩としてきわめて親切で、後進の指導に熱心で心配りの行き届いた人であったように語っている。岸田はクモ学研究の道を切り開いた偉大なパイオニアであり、その苦労も並大抵のものではなかった。
岸田の人生そのものも紆余曲折が多く、その経過において様々な資格を苦労して獲得していった。うわさでは習字の先生の資格も持っていたとも。
記載した属と種 彼が記載した生物はきわめて多岐にわたる。特にクモ類では数が多く、代表的なもののみをあげる。
哺乳類(正確には亜種である) クモ目 Heptathela Kishida 1923 キムラグモ属 Heptathela kimurai (Kishida 1920) (キムラグモ ) Pireneitega Kishida 1955:メガネヤチグモ属・ドウシグモ属・エダイボグモ属 キシノウエトタテグモ ・コマツエンマグモ・トウキョウウズグモ・ホウシグモ・コケオニグモ・イシサワオニグモ・ヒトエグモ・ヒゲナガハシリグモ・ウラシマグモ・イヨグモ ダニ目 Tetranychus kanzawai Kishida (カンザワハダニ) ウチダマミズダニ 昆虫 Aphanostigma jakusuiense Kishida (キナコアブラムシ) エダヒゲムシ 類(少脚類) ウミグモ 類 シタムシ類 さらに、菌類 のラブールベニア類にも記載した種があるという。
献名された属と種(クモ類) Kishidaia Yaginuma , 1960:ブチワシグモ属 Patu kishidai Shinkai, 2009:ユアギグモ 和名 としてはキシダグモ科 、およびキシダグモ属がある。
他に、東京蜘蛛談話会の会誌の名がKISHIDAIAである。これは、彼の業績をたたえる意味と同時に、発刊当初に彼の蔵書目録を記録する目的があったためである。
著書
論文
1923年(大正12年) 岸田久吉 (1923-01-15). “シラミダニの分布”. 動物学雑誌 (社団法人日本動物学会) 35 (411): 52-53. ISSN 00445118 . NAID 110003358936 . 岸田久吉 (1923-01-15). “海のビタミンと海の動物”. 動物学雑誌 (社団法人日本動物学会) 35 (411): 53. ISSN 00445118 . NAID 110003358937 . 岸田久吉 (1923-04-26). “アフリカ象減少の原因”. 動物学雑誌 (社団法人日本動物学会) 35 (412): 85-86. ISSN 00445118 . NAID 110003332977 . 岸田久吉 (1923-04-26). “北海道のトガリネズミ ”. 動物学雑誌 (社団法人日本動物学会) 35 (412): 86-89. ISSN 00445118 . NAID 110003332978 . 岸田久吉 (1923-04-26). “日本に産する動物研究の紹介”. 動物学雑誌 (社団法人日本動物学会) 35 (412): 90-93. ISSN 00445118 . NAID 110003332980 . 岸田久吉 (1923-04-26). “一, ヤコビ氏著, 「動物地理學」, JACOBI, A., Tiergeographie., 1919., Berlin und Leipzig, Vereinigung wissenschaftlicher Verleger Walker de Gruyker & Co., Mit 3 Karten im Text”. 動物学雑誌 (社団法人日本動物学会) 35 (412): 93-94. ISSN 00445118 . NAID 110003332981 . 岸田久吉 (1923-04-26). “二, デンディー氏編纂, 「動物と人智の進歩」, DENDY, ARTHUR., Animal Life and Human Progress., 1919., London: Constable and Company Ltd., 227 pp., 丸善での賣價五圓位”. 動物学雑誌 (社団法人日本動物学会) 35 (412): 94. ISSN 00445118 . 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