北海道・北東北の縄文遺跡群(ほっかいどう・きたとうほくのじょうもんいせきぐん)は、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された北海道(道南)・北東北にある縄文時代の遺跡群の総称(ID1632)。発掘された考古遺跡のみで構成されるものとしては、国内初の世界遺産となる。
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三内丸山遺跡 | |||
英名 | Jomon Prehistoric Sites in Northern Japan | ||
仏名 | Sites préhistoriques Jomon dans le nord du Japon | ||
面積 | 141.9 ha (緩衝地帯 984.8 ha) | ||
登録区分 | 文化遺産 | ||
文化区分 | 遺跡 | ||
登録基準 | (3), (5) | ||
登録年 | 2021年(ID1632) (第44回世界遺産委員会拡大会合) | ||
公式サイト | 世界遺産センター(英語) | ||
使用方法・表示 |
2002年8月に4道県でつくる知事サミットにおいて「北の縄文文化回廊づくり構想」が提唱され、2006年に文化庁が文化遺産候補地を公募した際に青森県が「青森県の縄文遺跡群」を、秋田県が「ストーンサークル」をそれぞれ単独推挙し、2009年に2候補を統合して北海道と岩手県の遺跡も加え「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」として暫定リストに掲載された。約1万年にわたり発展し、大規模集落や祭祀道具に特異性がある「地域文化圏」であり、同時代の他文化圏にも影響を与えた、縄文時代を代表する遺産群であることを推薦理由としている。
早期の世界遺産登録を目指したものの2017年までに5年連続で推薦が見送られ、2018年7月19日に文化審議会により2020年審議の正式候補に選定されたが、2020年からは文化遺産・自然遺産を問わず審議対象は一国一件に限られるようになり、自然遺産候補として「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」も2020年の推薦を目指していたことから、政府は自然遺産の候補案件が優先的に審査対象にされることを踏まえ、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」を先に推薦することにした。このため、北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群は2021年の推薦に回された。2019年7月30日、文化審議会が2021年審議の正式候補に再選定した。2019年12月19日、世界遺産条約関係省庁連絡会議が招集され、次いで20日に閣議了解により正式に推薦することが決定。2020年2月1日までに推薦書を世界遺産センターへ提出することになるが、2020年から全体審議数の上限が35件となり登録数の少ない国が優先されるため推薦物件が多い場合には日本からの推薦が受理されない可能性もあったが、2020年1月16日に推薦書をユネスコに提出して受理された。
ユネスコ諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)の審査をうける際、北東北という地域区分が分りにくいのではないかということで、2019年11月28日に専門家会議が開催され、「縄文―北日本の先史遺跡群」・「日本列島北部の縄文遺跡群」など複数案が提示され、ユネスコに届け出た暫定リストでの英語名称では地域名を「Hokkaido and Northern Tohoku」と表記してきたものを、日本の地名の知識がない海外の人にも遺跡群の場所のイメージを分かりやすく伝えるため「Northern Japan(北日本)」とし、日本語の名称は既に定着しているとして当面は変更しないこととした。
9月4~15日、イコモスによる現地調査が行われた。調査員はオーストラリア・イコモスから派遣されたが、性別や経歴(専門分野)は非公開。2021年2月に出されたイコモスの中間報告では、推薦取り下げ勧告や構成資産の変更といった厳しい指摘はないことが明らかになった。
5月26日、イコモスから登録勧告が出され、7月27日に開催された第44回世界遺産委員会で登録が決定した。
登録1周年を記念して『北海道・北東北の縄文遺跡群世界遺産登録記念誌』が2023年3月24日に刊行され、その中で現地調査時には伏せられていたICOMOS調査員が考古学者のマシュー・ウィンコップ(Matthew Whincop)であることが明らかにされた。
縄文遺跡群世界遺産登録推進会議は、狩猟・採集・漁労を基盤とした定住生活に顕著な普遍的価値があることを推薦事由に上げているが、縄文文化全体に言えることであり、北海道・北東北に限定されることではないとする指摘も出ていた。文化審議会からも、全国約9万箇所に縄文遺跡が分布するにもかかわらず、「なぜこの4道県なのか」と疑問が呈されている他、資産を17に絞ったことについても、普遍的価値を「17遺跡で過不足なく説明できているのか」「17遺跡ありきで始まり、普遍的価値を後付けしている印象」と指摘され、さらなる見直しを求められた。2017年8月、4道県等はプロジェクトチームを発足させ、推薦書の改定作業に着手、12月に「集落」の変遷に軸を置いて説明することで顕著な普遍的価値や地域の特異性を明らかにする方向性で見直しを行うことで一致した。「シンボル的な存在」であり、知名度の高い三内丸山遺跡と他の構成遺産では、世界遺産登録の審査の基準の一つである観光客の受け入れ態勢やガイダンス設備の充実の度合いに大きな差があるとされ、登録に向けた課題となっている。
推薦書提出に際し、上記の疑問や指摘を是正し、17遺跡で構成される普遍的価値の証明として、「津軽海峡を挟んだ二つの地域に同一の文化圏が形成され、そこに草創期から晩期までの各時代の遺跡が揃っており、特に最古級の土器や漆器が出土している遺跡が含まれていることは重要」「集落跡のみならず、貝塚や墓、信仰や精神世界を表現する環状列石、さらに海岸・湖沼・河川など自然地形の古環境も網羅している事例は全国的にも稀有」「縄文文化を支えたブナ林が関東より西では高地性だが、東北では太平洋・日本海・津軽海峡という三つの海の海岸線にまで達していることで、海の幸と山の幸双方の恵みを同時に享受できたことから独自の生活様式が確立され、それを長期間にわたって継承したことは持続可能性と生物多様性を堅持していたことを示している」「世界遺産に求められる完全性として構成資産の全てが文化財保護法での史跡・特別史跡に指定されており、真正性の証明として追加の発掘調査の実施と『総括報告書』が刊行されている」「縄文文化は日本独自のものだが、世界遺産としてはより広域な同時代の文化圏との対比が求められ、先史時代の北東アジアを俯瞰し同地域に共通してみられる玦状耳飾が東北北部や北海道のものと国外を含めた他地域と比べ独創性があることを証明する研究が成されている」としたことで文化庁や学術団体の了承を得、加えて「不動産有形財構築物が対象の世界遺産にあって、その完全性を補完する動産としての考古資料(出土遺物)の多くが場域留置の郷土資料館(サイトミュージアム)などとして公開されており、これはユネスコ指針の世界遺産と博物館に沿っている(下記ガイダンス施設の項参照)」「2012年に採択された京都ビジョン(世界遺産と持続可能な開発:地域社会の役割)で地域コミュニティの関わりの重要性が確認され、他地域に先駆け世界遺産登録運動を展開したことから、ボランティアのガイドや清掃活動など老若男女を問わない住民参加型の取り組みが普及している」と補足した。また、三内丸山遺跡において出土した栗のDNAが近似したものばかりであったことから栽培されていた可能性(ボトルネック効果)が高く原始農耕が示唆されているが、さらに栗が自生していなかった北海道側の遺跡でも栗が出土しており植栽技術の伝播があった証明もこの地域ならではで評価される。
一方で、多くの遺跡で行われている竪穴建物の復元に関して、ユネスコの諮問機関で文化遺産の評価を判断するイコモスの日本組織が、「考古学遺産管理運営に関する憲章(ローザンヌ憲章)に基づき必ずしも適切とはいえない」と報告していることから、イコモスによる現地調査で厳しい指摘をうける可能性が危惧される。
このローザンヌ憲章による「発掘された遺跡の保存」として埋め戻すことが奨励されていることから、是川遺跡・亀ヶ岡遺跡・田小屋野貝塚・二ツ森貝塚ではほぼ全ての遺構が埋め戻されており、一見しただけでは遺跡として認識できない状態にあり(わずかに復元建物やモニュメントがある)、大平山元遺跡に至ってはそもそも自然堆積層の中から土器が出土したたけで遺構は一切検出されていない。
なお、世界遺産登録を視野に入れている特別史跡の尖石遺跡(長野県茅野市)などとの連携を模索する動きや、2007年に行われた世界遺産候補地公募に名乗り出た松島の貝塚群(宮城県東松島市)の取り込みなども検討されてきたが、上掲の普遍的価値の証明が確立したことから、北東北以南の縄文遺跡を含めることは整合性が取れなくなることから可能性は排除され、名称も「北海道・北東北を中心とした」だと他地域の可能性の含みを持たせてしまいかねないため、「北海道・北東北の」と改めた。一方で、埋蔵文化財としての考古遺跡はまだ未発見(未発掘)のものが全国にあるとも想定され、定説を覆す発見があれば将来的に普遍的価値の見直しも行わなければならない側面があり、同時に北海道・北東北で新たに発掘された遺跡の追加登録も可能であることを示唆している。
総体的に海外における縄文文化のイメージと評価は、造形美溢れる土器や独創的な土偶、1万年にもわたり争いがなかった平和な社会、気候変動にも対応した自然と人間の共生などが上げられ、「浮世絵が西洋絵画へ与えた影響が評価され富士山が富士山-信仰の対象と芸術の源泉として世界遺産に登録されたように、縄文土器や土偶が造形作家へ与えた影響も評価されるべき」とする。また、「争いを避けようとする現代の日本人にもみられる協調性という気質の根源は縄文にある」、「国土の6割強を占める森林面積や清浄な河川・海洋において今なお生物多様性が保たれていることは縄文の原風景を伝えている」とする。その上で、世界遺産候補に選定された北海道・北東北の縄文遺跡は、これらの評価を全て網羅しており、その証拠としての遺跡や出土品から縄文の世界を体感できるとした。
また、後期~晩期にみられるストーンサークルは諸説あるが、縄文人の深い精神性や天文学的な知性を感じられ、単なる考古遺跡ではなくスピリチュアルなものを感じることができる文化的空間であり場所の精神を伝承しているとも評価する。
世界遺産推薦に際して求められる完全性としての法的保護根拠は、基本的には文化財保護法による史跡指定で対応しているが、緩衝地帯を含め一部に都市計画法や宅地造成等規制法(熱海市伊豆山土石流災害をうけ2023年に宅地造成及び特定盛土等規制法に改正)が適用されているほか、大船遺跡と垣ノ島遺跡には急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(急傾斜地法)、大森勝山遺跡に土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(土砂災害防止法)、亀ヶ岡遺跡・田小屋野貝塚・御所野遺跡で砂利採取法が用いられている。
また、各自治体が景観や河川・森林管理の条例も保護根拠としているが、小牧野遺跡では青森市が専属の「小牧野遺跡の保護に関する条例」を制定しており、取り組みとして高く評価されている。
近年の傾向として世界遺産の周囲に配置される緩衝地帯においても開発規制が求められるようになったこともあり、北海道では景観法を適用しての景観保全(周辺建築物の高さ・デザイン・色彩)に乗り出している。特に高台にある入江貝塚は縄文人も見下ろしたであろう噴火湾との間に市街地が広がることから、古環境景観を意識して貝塚周辺を景観形成重点区域に設定する計画でいる。
2020年東京パラリンピックの聖火リレーに用いる国内版聖火の採火を、東京オリ・パラ文化プログラムの一環として全都道府県各地ならではの催事と結びつけることとし、青森県や秋田県では世界遺産登録を目指す縄文遺跡において縄文時代の火熾し法で採火して送り出す予定でいたが、新型コロナウイルスのパンデミックによりオリンピック・パラリンピックの開催が1年順延されたため採火イベントも中止となった。2021年8月、パラリンピックの開催決定に伴い、改めて縄文遺跡で採火が行われた(延期された一年の間に世界遺産に登録)。
この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。
世界遺産条約では第5条で「文化遺産及び自然遺産の保護・保存及び整備の分野における全国的または地域的な研修センターの設置」という条文があり、世界遺産近くにガイダンス施設・ビジターセンターを設置することを求めており、世界遺産の縄文遺跡群にはほぼ各々に展示施設が完備されている。
キウス周堤墓群=千歳市埋蔵文化財センター、北黄金貝塚=北黄金貝塚情報センター、入江・高砂貝塚=入江・高砂貝塚館、大船遺跡=大船遺跡埋蔵文化財展示館(管理棟)、垣ノ島遺跡=函館市縄文文化交流センター、三内丸山遺跡=三内丸山遺跡センター縄文時遊館、小牧野遺跡=青森市小牧野遺跡保護センター、是川遺跡=八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館および八戸市縄文学習館、亀ヶ岡石器時代遺跡・田小屋野貝塚=つがる市縄文住居展示資料館(カルコ)・つがる市木造亀ヶ岡考古資料室(縄文館)、大森勝山遺跡=なし(遺物陳列とパネル展示のみの弘前市裾野地区体育文化交流センターが代行)、二ツ森貝塚=二ツ森貝塚館、大平山元I遺跡=む~もん館、御所野遺跡=御所野縄文博物館、大湯環状列石=大湯ストーンサークル館、伊勢堂岱遺跡=伊勢堂岱縄文館。
これらの内、キウス周堤墓群の千歳市埋蔵文化財センターは遺跡から7キロほど離れているため隣接地に専従施設を新設検討、入江・高砂貝塚の入江・高砂貝塚館は改修を終えて2021年7月にリニューアルオープン、亀ヶ岡石器時代遺跡・田小屋野貝塚の縄文住居展示資料館と木造亀ヶ岡考古資料室は閉鎖統合し2025~2030年度を目途に新設検討、二ツ森貝塚はそれまでの七戸中央公民館から2021年4月に二ツ森貝塚館がオープン(廃校舎利用)、大平山元I遺跡も既存の外ヶ浜町大山ふるさと資料館(木造廃校利用)から2024年4月にむ~もん館を新設。唯一ガイダンス施設がない大森勝山遺跡も2021年度以降に整備することを検討中。
但し、北海道においては世界遺産登録前後から新型コロナウイルスのパンデミックにより、改正・新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく蔓延防止等重点措置や緊急事態宣言が発出されたことから、多くの施設が臨時休館となった。
なお、2021年9月27日の青森県議会において一道三県を代表して青森県に総合的なガイダンス施設としての世界遺産センター建設誘致が議題として取り上げられ、10月22日に開催された北海道・北東北知事サミットでも中核施設となる世界遺産センター設立の意義を四知事が確認。2024年4月26日に開業した青森駅東口ビル内に「青森の縄文遺跡群情報発信拠点施設・じょもじょも」を開設。
雪国という環境もあり、構成資産とガイダンス施設の多くが冬季は積雪のため閉鎖を余儀なくされており、今後観光資源としての活用方法を模索する必要性が生じている。このため2023年になり三内丸山遺跡において復元建物などをライトアップして夜の遺跡内を雪の中を歩いて訪ねる「縄文冬祭り」など新たな試みも始まった。
国道337号に切断されているキウス周堤墓では、走行車両からのゴミのポイ捨てが横行しており、廃棄物の処理及び清掃に関する法律に基づく厳格な取り締りが求められる。
縄文遺跡群世界遺産登録推進専門家委員会による注意喚起と、2021年5月26日に発せられたイコモスによる登録勧告において、いくつかの指摘事項があり、是正が求められる。
遺跡の保存状況に問題があるとして以下の2件は2016年に推薦候補から除外された。
北海道と北東北の範囲に限られての世界遺産登録となったが、その他の地域の縄文遺跡の価値や世界遺産登録の可能性が全て否定されたわけではない。北海道・北東北の縄文遺跡が確立した顕著な普遍的価値とは異なる切り口と学術的意義を立証できれば可能性は残されている。北海道・北東北に対して異なる地域から縄文時代を推すことは、ユネスコが重視する地域多様性を表現することにもなる。ヨーロッパにおいて今なお教会などキリスト教関連施設の登録が相次いでいる理由として、地域多様性による細分化が上げられる(教会の登録が多いことはCathedral Syndrome=聖堂症候群と揶揄される)。
これを踏まえ弘前大学の関根達人教授(考古学)は、「星降る中部高地の縄文世界」(黒曜石産地)や「『なんだ、コレは!』信濃川流域の火焔式土器と雪国の文化」として日本遺産に認定されている長野県の縄文遺跡や、縄文人を魅了しその精神性の一端を垣間見ることができる新潟県糸魚川のヒスイ産地など"石の縄文文化"として擁立しても構わないのではないかと示唆する。
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