弘前市(ひろさきし)は、青森県西部にある市である。日本で最初に市制を施行した都市の一つ。弘前藩の城下町として発展し、現在も津軽地方の中心都市として、周辺自治体に広がる人口約30万人(2010年)の弘前都市圏を形成している。青森県唯一の国立大学である弘前大学が設置されている。
ひろさきし 弘前市 | |||||
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国 | 日本 | ||||
地方 | 東北地方 | ||||
都道府県 | 青森県 | ||||
市町村コード | 02202-1 | ||||
法人番号 | 3000020022021 | ||||
面積 | 524.20km2 | ||||
総人口 | 160,970人 [編集] (推計人口、2024年3月1日) | ||||
人口密度 | 307人/km2 | ||||
隣接自治体 | つがる市、平川市、南津軽郡大鰐町、藤崎町、田舎館村、北津軽郡板柳町、鶴田町、西津軽郡鰺ヶ沢町、中津軽郡西目屋村 秋田県大館市 | ||||
市の木 | りんご(2006年11月15日制定) | ||||
市の花 | さくら(2006年11月15日制定) | ||||
弘前市役所 | |||||
市長 | 櫻田宏 | ||||
所在地 | 〒036-8551 青森県弘前市大字上白銀町1-1 北緯40度36分11秒 東経140度27分50秒 / 北緯40.60311度 東経140.46383度 東経140度27分50秒 / 北緯40.60311度 東経140.46383度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
人口では青森市、八戸市に次ぐ県内3番目の都市。江戸時代は城下町として栄えた。明治になると陸軍第八師団が駐屯する軍都および旧制弘前高校が所在する学都としての性格を帯びるようになった。第二次世界大戦後、第八師団は解散。陸上自衛隊弘前駐屯地は所在するものの軍都としての機能は大きく減じた。一方、新制大学として弘前大学が開設され、私立大学も複数所在し(弘前学院大学など)、現在も学園都市としての性格を保ち続けている。また、計量特定市に指定されている。
金木町出身の太宰治は、弘前市に3年間を過ごしたが、弘前は義太夫が盛んな街ではあるが、「芸者たちから、兄さんうまいわね、と言はれたいばかりの端唄の稽古、または、自分の粋人振りを政策やら商策やらの武器として用ゐてゐる抜け目のない人さへあるらしく、つまらない芸事に何といふ事もなく馬鹿な大汗をかいて勉強致してゐるこの様な可憐な旦那は、弘前市の方に多く見かけられるやうに思はれる。(中略)弘前の人には、そのやうな、ほんものの馬鹿意地があつて、負けても負けても強者にお辞儀をする事を知らず、自矜の孤高を固守して世のもの笑ひになるといふ傾向があるやうだ」と弘前の人の性質を書き記している[疑問点 ]。
弘前市は、りんごの生産量が全国一で約25%を占め、りんごにこだわる街づくりを目指している。「りんご色のまちHIROSAKI」をキャッチフレーズとしているほか、アップルパイの名物化をめざしてコンテストの開催や名店マップ作成などに取り組んでいる。また、弘前公園で開催される弘前さくらまつりや弘前城も全国的に知られており、「お城とさくらとりんごのまち」のフレーズは古くから使われている(市の木として「りんご」、市の花として「さくら」を選定している)。
8月には、国の重要無形民俗文化財に指定されている「弘前ねぷたまつり」が開催される。例年100万人以上の人出があり、弘前市を代表する夏祭りとなっている。
弘前(1991年-2020年)の気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
最高気温記録 °C (°F) | 12.5 (54.5) | 17.8 (64) | 23.8 (74.8) | 28.0 (82.4) | 33.3 (91.9) | 33.7 (92.7) | 36.4 (97.5) | 39.3 (102.7) | 36.7 (98.1) | 28.6 (83.5) | 24.2 (75.6) | 18.0 (64.4) | 39.3 (102.7) |
平均最高気温 °C (°F) | 1.7 (35.1) | 2.5 (36.5) | 6.7 (44.1) | 14.3 (57.7) | 20.3 (68.5) | 23.9 (75) | 27.4 (81.3) | 28.8 (83.8) | 24.9 (76.8) | 18.4 (65.1) | 11.3 (52.3) | 4.4 (39.9) | 15.4 (59.7) |
日平均気温 °C (°F) | −1.5 (29.3) | −1.0 (30.2) | 2.3 (36.1) | 8.6 (47.5) | 14.3 (57.7) | 18.3 (64.9) | 22.3 (72.1) | 23.5 (74.3) | 19.4 (66.9) | 12.9 (55.2) | 6.5 (43.7) | 0.8 (33.4) | 10.6 (51.1) |
平均最低気温 °C (°F) | −4.6 (23.7) | −4.6 (23.7) | −1.8 (28.8) | 3.2 (37.8) | 8.9 (48) | 13.7 (56.7) | 18.2 (64.8) | 19.3 (66.7) | 14.9 (58.8) | 8.2 (46.8) | 2.2 (36) | −2.4 (27.7) | 6.3 (43.3) |
最低気温記録 °C (°F) | −13.5 (7.7) | −16.2 (2.8) | −10.4 (13.3) | −5.9 (21.4) | −1.1 (30) | 4.2 (39.6) | 6.8 (44.2) | 11.0 (51.8) | 6.0 (42.8) | −0.4 (31.3) | −6.8 (19.8) | −11.6 (11.1) | −16.2 (2.8) |
降水量 mm (inch) | 125.5 (4.941) | 99.9 (3.933) | 82.3 (3.24) | 65.8 (2.591) | 66.3 (2.61) | 71.9 (2.831) | 115.3 (4.539) | 140.7 (5.539) | 136.3 (5.366) | 107.7 (4.24) | 113.7 (4.476) | 130.1 (5.122) | 1,255.3 (49.421) |
降雪量 cm (inch) | 221 (87) | 185 (72.8) | 116 (45.7) | 6 (2.4) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 0 (0) | 17 (6.7) | 147 (57.9) | 679 (267.3) |
平均降水日数 (≥1.0 mm) | 20.3 | 18.0 | 15.2 | 11.2 | 9.3 | 8.3 | 9.5 | 10.4 | 10.7 | 12.9 | 16.2 | 20.1 | 161.8 |
平均月間日照時間 | 44.3 | 65.7 | 119.5 | 182.9 | 204.4 | 182.3 | 159.3 | 184.5 | 158.3 | 140.8 | 90.0 | 52.9 | 1,585.1 |
出典:気象庁 |
青森県の中では夏の最高気温が高く、時には猛暑日を記録する事もあるが、朝晩は青森市などの沿岸部より涼しく熱帯夜は1999年7月31日から2023年8月9日までの約24年間、一度も記録しなかった。
最高気温極値:39.3℃(2023年8月10日)
最低気温極値:-16.2℃ (1978年2月17日)
最深積雪記録:153 cm(2013年2月25日)
日降水量:243mm(1977年8月5日)
猛暑日最多日数:12日(2023年)
真夏日最多日数:59日(2023年)
冬日最多日数:138日(1984年)
津軽氏が治める弘前藩の城下町として栄えた。
ひろさきし 弘前市 | |||||
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廃止日 | 2006年2月27日 | ||||
廃止理由 | 新設合併 弘前市(旧)、中津軽郡岩木町、相馬村 → 弘前市(新) | ||||
現在の自治体 | 弘前市(新) | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 東北地方 | ||||
都道府県 | 青森県 | ||||
隣接自治体 | つがる市、平川市、南津軽郡大鰐町、藤崎町、田舎館村、北津軽郡板柳町、鶴田町、西津軽郡鰺ヶ沢町、中津軽郡西目屋村、岩木町、相馬村 秋田県大館市 | ||||
市の木 | りんご(1993年4月1日制定) | ||||
市の花 | さくら(1993年4月1日制定) | ||||
弘前市役所 | |||||
所在地 | 〒036-8551 青森県弘前市大字上白銀町1-1 | ||||
ウィキプロジェクト |
代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 備考 |
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官選旧弘前市長 | ||||
1 | 菊池九郎 | 1889年(明治22年)5月 | 1890年(明治23年)6月 | |
2 | 長尾義連 | 1890年(明治23年)6月 | 1891年(明治24年)4月 | |
3 | 赤石行三 | 1891年(明治24年)4月 | 1896年(明治29年)9月 | |
4 - 5 | 長尾義連 | 1896年(明治29年)11月7日 | 1905年(明治38年)4月 | |
6 | 小山内鉄弥 | 1905年(明治38年)4月28日 | 1911年(明治44年)4月 | |
7 | 菊池九郎 | 1911年(明治44年)4月28日 | 1913年(大正2年)8月 | |
8 | 伊東重 | 1913年(大正2年)10月 | 1914年(大正3年)2月 | |
9 | 長尾義連 | 1914年(大正3年)3月20日 | 1918年(大正7年)3月 | |
10 - 11 | 石郷岡文吉 | 1918年(大正7年)6月3日 | 1926年(大正15年)6月 | |
12 | 松下賢之進 | 1926年(大正15年)6月11日 | 1930年(昭和5年)6月 | |
13 | 宮館貞一 | 1930年(昭和5年)7月11日 | 1933年(昭和8年)7月 | |
14 | 成田徳之進 | 1933年(昭和8年)9月5日 | 1934年(昭和9年)6月18日 | |
15 | 石郷岡文吉 | 1934年(昭和9年)6月18日 | 1938年(昭和13年)3月30日 | |
16 | 乳井英夫 | 1938年(昭和13年)3月30日 | 1942年(昭和17年)3月 | |
17 | 葛原運次郎 | 1942年(昭和17年)7月4日 | 1945年(昭和20年)12月27日 | 死去 |
18 | 岩淵勉 | 1946年(昭和21年)2月 | 1947年(昭和22年)4月 | |
公選旧弘前市長 | ||||
19 | 岩淵勉 | 1947年(昭和22年)4月 | 1951年(昭和26年)4月 | |
20 | 櫻田清芽 | 1951年(昭和26年)4月27日 | 1955年(昭和30年)4月 | |
21 | 岩淵勉 | 1955年(昭和30年)4月30日 | 1956年(昭和31年)1月14日 | 死去 |
22 - 26 | 藤森睿 | 1956年(昭和31年)2月18日 | 1976年(昭和51年)2月 | |
27 - 30 | 福士文知 | 1976年(昭和51年)2月 | 1992年(平成4年)2月 | |
31 - 34 | 金沢隆 | 1992年(平成4年)2月 | 2006年(平成18年)4月 | |
弘前市長 | ||||
1 | 相馬錩一 | 2006年(平成18年)4月16日 | 2010年(平成22年)4月15日 | |
2 - 3 | 葛西憲之 | 2010年(平成22年)4月16日 | 2018年(平成30年)4月15日 | |
4 | 櫻田宏 | 2018年(平成30年)4月16日 | 現職 |
2018年(平成30年)4月8日 最終投票率:53.40%
候補者名 | 当 | 政党 | 推薦 | 得票 |
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櫻田宏 | 当選 | 無所属 | 44,603 | |
葛西憲之 | 無所属 | 28,739 | ||
畑山聡 | 無所属 | 4,537 |
2014年(平成26年)4月13日 最終投票率:38.35%
候補者名 | 当 | 政党 | 推薦 | 得票 |
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葛西憲之 | 当選 | 無所属 | 45,315 | |
千葉浩規 | 日本共産党 | 10,165 |
2010年(平成22年)4月11日 最終投票率:58.06%
候補者名 | 当 | 政党 | 推薦 | 得票 |
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葛西憲之 | 当選 | 無所属 | 51,699 | |
相馬錩一 | 無所属 | 34,314 |
会派名 | 議席数 | 議員名(◎は代表) |
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創和会 | 7 | ◎尾﨑寿一、蒔苗博英、野村 太郎、木村隆洋、石山敬、蛯名正樹、福士文敏 |
木場公明 | 6 | ◎鶴ケ谷慶市、下山文雄、清野一榮、工藤光志、小田桐慶二、外崎勝康 |
弘新会 | 4 | ◎一戸兼一、宮本隆志、田中元、三上秋雄 |
日本共産党 | 3 | ◎越明男、石田久、小西勇一 |
滄洸会 | 3 | ◎松橋武史、佐藤哲、齋藤豪 |
さくら未来 | 2 | ◎今泉昌一、竹内博之 |
無所属 | 3 | 石岡千鶴子 |
坂本崇 | ||
成田大介 |
2012年9月21日、市議会9月定例会の最終日において、定数を34から28とする条例案が可決され、2015年の市議選から適用された。
氏名 | 会派名 | 当選回数 |
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岡元行人 | 自由民主党 | 5 |
川村悟 | 青和会 | 4 |
安藤晴美 | 日本共産党 | 4 |
齊藤爾 | 自由民主党 | 3 |
谷川政人 | 2 | |
鶴賀谷貴 | 民主連合 | 1 |
2019年5月1日現在。
議員名 | 党派名 | 当選回数 | 備考 |
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木村次郎 | 自由民主党 | 2 | 選挙区 |
※ マルエス主婦の店は閉店後、弘前市内の一部店舗がユニバース(Uマート)に引き継がれた。
銀行
政策金融機関
協同組織金融機関
証券会社
市内では日本郵便が郵便事業を行っている。以下は日本郵便の市内における拠点一覧。
弘前市の中心市街地は、藩政時代に築かれた城下町の町割りを原型に発展した。 1894年(明治27年)、奥羽本線の停車駅として弘前駅が開業すると、城下町から弘前駅に向かって市街地が拡大し、1898年(明治31年)の陸軍第八師団の軍施設が設置・整備されたことで、市街地は南へ拡大した。
2015年(平成27年)の時点で、弘前市内は土手町を中心とした半径2.5kmの範囲 にまとまりのある市街地が形成されている。
中でも藩政時代から商業が栄え、明治時代に商店街化した土手町周辺と、官設鉄道の弘前駅が開業したことで開発が始まり、戦後は再開発を繰り返しながら商業地化した弘前駅前地区(表町、駅前町、駅前、大町など)という2つのエリアを中心に、百貨店や駅ビルなどの商業施設や飲食店が集中している。
また、弘前公園周辺(特に上白銀町と下白銀町)は、弘前市役所や青森地方検察庁弘前支部、青森地方裁判所弘前支部などの施設が存在する官公庁街を形成しており、駅前と土手町、官公庁街という3つのエリアを結ぶように100円バス(土手町循環100円バス)が運行されている。
土手町とその周辺は、藩政時代から参勤交代時の羽州街道に通じる道として町家が形成され、明治時代になると商店街化された。
藩政時代には、本町が弘前城下の中心街的地位にあったが、1907年(明治40年)頃には陸軍第8師団の設置による人口増加、購買力の変化等の影響で、中心商店街的地位が土手町に移っている。
大正時代には、東北地方初のデパート「かくは宮川」が土手町に開店するなど、近代的な都市文化が花開いた。
1950年代には弘前電気鉄道大鰐線が開業。この路線の始発・終着駅である中央弘前駅が、土手町からほど近い吉野町に開業すると、中央駅周辺の鍛冶町は歓楽街として発展した。
さらに、1960年代以降は「カネ長武田百貨店」、五所川原市から進出した「中三百貨店」などの百貨店が土手町に店を構えるようになり、土手町とその周辺は弘前市内でも有数の商業集積地域となった結果、現在に至るまで弘前市内の中心市街地に位置付けられている。
JR弘前駅を中心とする弘前駅前は、明治時代に官設鉄道の駅である弘前駅が開業したことで開発が始まった。その後、陸軍第8師団司令部設置による軍施設が整備されたことにより、市街地が南部に拡大した。
戦後は、駅前に小売店舗中心の商店街が形成されたが、1979年(昭和54年)、闇市時代以来の街並みが残る駅前地区に対して市民からの批判が高まった ことで、駅前地区の土地区画整理事業が始まった。事業がきっかけで小売店は姿を消し、代わりに大規模なホテルや、イトーヨーカドー弘前店などの商業施設が建ち並ぶようになった。
1980年代から1990年代にかけて、駅前地区には駅ビルやショッパーズ弘前(現:ヒロロ)などの商業施設が開業し、現在の駅前地区は弘前市内の交通・物販・飲食などの複合的中心地として機能している。
2006年(平成18年)2月27日、弘前市と合併した旧岩木町は、青森県道3号弘前岳鰺ケ沢線に沿うように市街地が形成され、賀田地区周辺と、岩木川沿いの東部市街地という2つの市街地を有している。
平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、3.30%減の177,411人であり、増減率は県下40市町村中5位。
弘前市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 弘前市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 弘前市 ■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 |
弘前市(に相当する地域)の人口の推移 | |
総務省統計局 国勢調査より |
※以下は廃校。
弘前バスターミナルが中心となる。国土交通省東北運輸局の「東北運輸局管内の高速バス輸送実績」より2005年(平成17年)度の利用客数を付記
市内の路線バスは全て弘南バスが運行。
ほか
※ 「重要文化財」は文化財保護法の規定に基づき国(日本国文部大臣)が指定した重要文化財を指す。
(年代順)
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