神崎 清(かんざき きよし、1904年8月31日 - 1979年3月2日)は日本の小説家、文筆家。
島本 志津夫(しまもと しづお)の筆名も用いた。
兵庫県立第二神戸中学校(現・兵庫県立兵庫高等学校)から大阪高等学校に進学。大阪高等学校在学中の1925年に大阪で創刊された文芸同人誌『辻馬車』に藤沢桓夫らとともに参加。
東京帝国大学文学部国文科を1928年に卒業。卒業後、大森高等女学校(現・三田国際学園中学校・高等学校)の教員を務めたが、思想的な理由により1930年に退職に追い込まれる。以後、文筆業に就く。
島本志津夫名義で映画『女學生と兵隊』の原作も手がけた。
太平洋戦争後には売春の研究や、幸徳事件(大逆事件)の究明を手がける。幸徳事件については事件を担当した検事の大田黒英記が個人用として所持していた訴訟記録を遺族より入手し、公刊した後の1972年に日本橋高島屋の古書市に古書店経由で出品、日本大学がこれを購入して図書館に保存している。
「日本子どもを守る会」副会長や、第五福竜丸保存平和協会理事などの役職も務めた。
映画スクリプターの白鳥あかねは娘。
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