『使徒の愛餐』(しとのあいさん、ドイツ語:Das Liebesmahl der Apostel)は、19世紀ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーによる、小カンタータというべき作品である。男声合唱とオーケストラのために書かれた。副題に「聖書からの一情景」とあるように、新約聖書の『使徒言行録』の場面に基づいており、ワーグナーの数少ない合唱作品の中で唯一宗教音楽的なものである。
パリで認められなかったワーグナーは、ドレスデンでの『リエンツィ』上演の打診を受け、1842年4月にパリからドレスデンに移った。同年10月の『リエンツィ』の上演は大成功に終わり、そのおかげで翌1843年2月2日にワーグナーはザクセン王国の王立管弦楽団(今日のシュターツカペレ・ドレスデン)の指揮者に任命された(なお同年1月に『さまよえるオランダ人』をドレスデンで上演しているが、こちらは好評を得られなかった)。同時にワーグナーは、熱意をもって、ドレスデン・リーダーターフェル(男声合唱団)の主任指揮者を引き受けた。 同年7月にはドレスデンで「ザクセン男声合唱祭」が予定されており、その際に全員で合唱する30分近くの新作の作曲を依頼された。そのため、ワーグナーは『タンホイザー』の作曲を一時中断し、『使徒言行録』のペンテコステに基づくテクストを書いた。作曲は5月14日から6月16日にかけて一気に成された。
この作品は7月6日に100人のオーケストラと1200人もの合唱団員により、ドレスデンの聖母教会で初演されたという。聴衆には熱狂的に受け入れられ、その後ブライトコプフ&ヘルテルとノヴェロによって数回出版された。作品は世紀の変わり目まで多くのドイツの男声合唱協会のレパートリーに残っていたという。
一方で、ワーグナー自身は作品の初演に落胆し、次のように書き残している。
結局ワーグナーは、2年余りでドレスデン・リーダーターフェルの主任指揮者を退き、友人のフェルディナント・ヒラーに引き継いでいる。
なお、ワーグナーのオリジナルの男声合唱は本作以降には、『タンホイザー』の「巡礼の合唱」(本作以前に作曲されていた可能性もある)および『ドイツ消防隊への標語』wwv101に限られる。合唱作品も数少なく、楽劇中の合唱の使用自体も多いとはいえない。例えば『ニーベルングの指環』で合唱を用いているのは『神々の黄昏』のみである。
この作品の特徴は、まず最初の二十数分間がア・カペラのみで歌われることである。3群の大人数の合唱をア・カペラでコントロールし、距離の離れた合唱群同士のアインザッツをきちんと合致させ、20分にわたり正確な音程を持続してオーケストラとのアンサンブルへと移行していくことなどには、かなりの難度を要する。
なお、高所に別群の合唱を配置することで神秘的な効果を出す試みが、『パルジファル』で再度実行されていることは注目に値する。本作の初演時には、合唱団は教会のドームのさまざまなギャラリーに分かれて配置され、一部は見えなかったという。
1980年(昭和55年)1月10日、桜井吉明指揮、大阪大学男声合唱団、ワグネル・フィルハーモニー管弦楽団による。ただし、「編)辻井英世」とクレジットされており、オリジナルとしていない。完全オリジナルの初演は1991年(平成3年)10月25日、若杉弘指揮、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団および同OB合唱団、東京都交響楽団により、同楽団の第337回定期演奏会で行われた。若杉の要望で、師の畑中良輔が指導し、またワーグナーの名を冠し大人数の合唱団員(このときはOB合同で約150名)を確保できる合唱団としてワグネルが選択された。なお、若杉も畑中も1980年の演奏があったことは認識していなかった模様である。
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