第53回国民体育大会(だい53かいこくみんたいいくたいかい)は、1998年1月24日から10月29日の間、神奈川県の横浜市と岩手県の盛岡市とその周辺で開催された国民体育大会である。47都道府県30,322人が参加。大会スローガンはおお汗 こ汗、大会マスコットはかなべえ。
第53回国民体育大会 | |
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かながわ・ゆめ国体 | |
開催都道府県 | 神奈川県 |
参加人数 | 30,322人 |
開会式 | 10月24日 |
閉会式 | 10月29日 |
開会宣言 | 神奈川県知事岡崎洋 |
主競技場 | 横浜国際総合競技場 |
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1月24日に、盛岡市で第53回国民体育大会冬季大会「いわて銀河国体」として開幕。冬季大会終了時点で、北海道が1位。
9月12日、相模原市の相模原市立総合水泳場で第53回国民体育大会夏季大会「かながわ・ゆめ国体」が開幕。神奈川フィルによるトランペット隊のファンファーレで開会。夏季大会終了時点で、東京都が1位。
10月24日、横浜国際総合競技場で秋季大会が開幕。国体開会式としては史上最高の5万人が見守った。高さ1,998cmの炬火台の点火は、史上初の8人で行われた。
大会は、柔道の井上康生の活躍、陸上ハンマー投げの室伏広治の当時の日本新記録が出るなど、話題を呼んだ。また、高校硬式野球では松坂大輔率いる地元の横浜高校が、明治神宮野球大会、センバツ、全国高校野球に続き、史上初のグランドスラムを達成。ボクシング少年フライ級では沖尚3年翁長吾央が選抜・インターハイに続き高校三冠王を達成。バスケットボール少年男子では地元出身の田臥勇太が秋田県(能工単体で参加)として高校通算8冠目(インターハイ3度・国体3度・ウィンターカップ2度)を獲得(その年のウィンターカップも制して9冠達成)。
また、11月7・8日には、第34回全国身体障害者スポーツ大会「かながわ・ゆめ大会」が行われた。
国体終了後の11月7・8日には第34回全国身体障害者スポーツ大会が行われた。政令市である横浜市と川崎市を中心に開催された。
大会マスコットは、カモメをイメージしたかなべえ。デザインは、公募により6社45点の作品の中からスタジオジブリの作品が選ばれた。 また、愛称「かなべえ」は、公募によって全国から3万6千件の中から選ばれた。
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