青幇(チンパン、せいほう)は、中華民国の秘密結社。元々は中国に広がる大運河の水運業ギルドだったが、時代が変わるにつれ一部が辛亥革命前の清の暗黒面を代表する存在になった。その一部は、上海を支配しアヘン、賭博、売春を主な資金源とした。その中でもアヘンを最大の資金源とし、一時は中国全土の取引を支配した。
設立 | 清代前期 |
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設立者 | 船で米を運ぶ水夫たち |
設立場所 | 江南 |
首領 | 黄金栄 杜月笙 張嘯林 |
活動期間 | 清代前期-1950年代半ば |
活動範囲 | 運河水流、上海 |
構成民族 | 漢民族 |
構成員数 (推定) | 当時75万人 |
主な活動 | 通説は麻薬売買や賭博、売春が多く、本流は民族主義組織 |
友好組織 | 中国国民党 |
敵対組織 | 中国共産党 |
鎖国をしていた清は、海禁政策を採っており江南地方から北京へ米を運ぶのに大運河を使用していた。船で米を運ぶ水夫たちは、その道中の困難さから必然的に団結し羅教に影響されて結社をつくった。最初は漕幇、後に青幇と呼ばれ、仲間内では「安清」「安慶」と呼ぶこの組織は、洪門(洪幇)と同じく愛国的(この場合は漢民族の復活を念頭)であり、表向き清朝政府に協力的であることを標榜したが、そもそも当時の中国清朝は結社を禁止しており、清朝政府は警戒していた。北京に米を運んだ後、帰りの空船に禁制品である塩やアヘンを詰め込み密売しては利益を得ていたことも原因である。アヘン戦争後、五港が開港し上海経由で物資が海上輸送されるようになると水夫たちは職を失い路頭に迷うようになった。こうした状況に対処するために組織を維持し上海に進出していく。
一方で上海は、列強諸国の租界が誕生し商工業が急速に発展した。それにつられて中国各地から移民、流民が押し寄せてきた。彼らが出身地ごとに団結し組織を結成した。七つあったその組織は統合が進み最終的に洪門(洪幇)と青幇が残り、地下社会を支配するようになった。当時の上海の人口300万人のうち四分の一が両組織に属していたといわれる。そのうち青幇はフランス租界の娯楽施設「大世界」の一帯を本拠地にしていた。この「大世界」は合法、非合法のあらゆる快楽が味わえる総合娯楽センターで1917年に親分の黄金栄(厳密では無字班輩)が建設した。
当時の青幇の大親分の黄金栄・杜月笙・張嘯林の三人は上海では誰一人として知らないものはいなかった。特にもっとも若年の杜月笙は勢力が強くゴッドファーザー的な存在だった。1925年に大公司を設立し町のアヘン市場の独占を図り1930年代には事実上、中国全土のアヘン流通を支配していた。
軍閥が割拠していた頃は支配されていたが、中国国民党が北伐を開始し1927年に到着すると司令官の蔣介石と共闘戦線を組み、4月12日の上海クーデターに協力して多数の共産党員を処罰した。それ以前より蔣介石と義兄弟の契りを交わし交友を深めていたとされる(蔣介石も青幇の一員であった)杜月笙は、この功績から4月18日の南京国民政府成立時に将軍の地位を与えられた。1929年には銀行を設立し、フランス租界内の莫大な資金を一手に吸い上げた。
しかし、日中戦争の激化、1937年の日本軍の上海占領が起こると杜月笙は蔣介石に従い脱出したが張嘯林はそのまま留まり日本に協力し、その為暗殺された。第二次世界大戦終結後の1945年、杜月笙は上海に戻ったが政府の青幇への取り締まりもあってかつての勢いをなくし国共内戦が共産党の勝利に終わった1949年に台湾や香港に脱出した。中国本土の地下組織は押さえられ、杜月笙と一緒に香港に到着した青幇も、1951年に彼がアヘン中毒のために死ぬと力を失い、1950年代半ばには消滅したと言われている。
現在青幇は主に台湾に分布し、1993年には社団法人・中華安清会を設立、2007年には組織の強化と拡大を掲げて中華安清総会に改名した。
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