選択公理

選択公理(せんたくこうり、英: axiom of choice、選出公理ともいう)とは公理的集合論における公理のひとつで、どれも空でないような集合を元とする集合(すなわち、集合の集合)があったときに、それぞれの集合から一つずつ元を選び出して新しい集合を作ることができるというものである。1904年にエルンスト・ツェルメロによって初めて正確な形で述べられた。

定義

空集合を要素に持たない任意の集合族に対して、各要素(それ自体が集合である)から一つずつその要素を選び、新しい集合を作ることができる。あるいは同じことであるが、空でない集合の空でない任意の族 選択公理  に対して写像 選択公理  であって任意の 選択公理  に対し 選択公理  なるものが存在する、と写像を用いて言い換えることが出来る(ここで存在が要求される写像 f選択関数英語版という)。これは次の命題同値である。

    {Aλ}λΛ をどれも空集合でないような集合の族とすると、それらの直積も空集合ではない。記号で書けば、
    選択公理 

選択公理と等価な命題

以下の命題は全て選択公理と同値である。つまり、以下の命題のいずれかを仮定すると選択公理を証明することができるし、逆に選択公理を仮定すると以下の命題が全て証明できる。

応用

選択公理、もしくはそれと同値な命題を適用することで、以下を示すことができる。

歴史

集合論の創始者ゲオルク・カントールは、選択公理を自明なものとみなしていた。 実際、有限個の集合からなる集合族であれば、そのそれぞれの集合の中から順に1つずつ元を選び出し、それらを併せて集合とすればよいのであるから、このような操作ができることは自明である。

しかし、ツェルメロによる整列可能定理の証明に反論する過程で、エミーユ・ボレル、ルネ=ルイ・ベール、アンリ・ルベーグ、バートランド・ラッセルなどが選択公理の存在に気付き、新たな公理であることが認識されるようになった。確かに、無限個の集合からなる集合族の場合、上のような操作を想定しても「順に選び出す」操作は有限回で終了することはないのだから、このような操作を行えるかどうかは必ずしも明らかではない。

選択公理は、それ自身もまたその否定もほかの公理からは証明できないものであること、すなわち独立であることが示された(クルト・ゲーデル、ポール・コーエン)が、これは公理的集合論における大きな成果であろう。なお、ZF(ツェルメロ=フレンケルの公理系)に一般連続体仮説を加えると選択公理を証明できる。従って、一般連続体仮説と選択公理は何れもZFとは独立だが、前者の方がより強い主張であると言える。ZFに選択公理を加えた公理系をZFCと呼ぶ。

バナッハ=タルスキーのパラドックスと選択公理

選択公理を仮定することによって導かれる、一見、奇怪で非直観的な結果の中でも、バナッハ=タルスキーのパラドックスは有名なもので、「有限個の部分に分割し、それらを回転・平行移動操作のみを使ってうまく組み替えることで、元の球と同じ半径の球を2つ作ることができる」と、初歩的な概念のみで表現することができる。ただ、ここでの「有限個の分割」は、通常イメージされる単純な分割(包丁でいくつかのパーツに切り分けるようなもの)ではなく、非常に特殊な分割であるため、「"奇怪な分割"をした結果、奇怪な結果(2つに増える)が生じた」にすぎないという側面もある。

なお、ステファン・バナフ(バナッハ)とタルスキは論文の冒頭で、「証明のなかに、この公理(選択公理)が果たす役割は、注目するに値する」と述べているだけであり、バナッハ=タルスキーのパラドックスによって選択公理が正しくないと明確に主張したわけではない。

代わりとなる公理

選択公理とは矛盾するが、ZFCから選択公理を除いたZFとは矛盾しないような命題は数多く発見されている。たとえばロバート・ソロヴェイ(英語版)は強制法を用いて実数の集合が全てルベーグ可測であるようなZFのモデル(ソロヴェイモデル)を構成した。

1964年にヤン・ミシェルスキ(英語版)が導入した決定性公理もその一つである。これはその後、無矛盾性証明のために頻繁に用いられている。ZFに決定性公理を付け加えた公理系の無矛盾性と、ZFに選択公理と巨大基数の一種であるウッディン基数(英語版)の存在を公理として付け加えた公理系の無矛盾性が同値となるというウッディンの定理は、互いに矛盾する公理を関係づける非常に重要なものである。

選択公理の変種

選択公理には様々な変種が存在する。

可算選択公理

選択公理よりも弱い公理として、可算選択公理(英: countable axiom of choice,denumerable axiom of choice)というものも考えられている。全ての集合は可算集合を含むこと、可算集合の可算和が可算集合であることは、この公理により証明できる。

カントール、ラッセル、ボレル、ルベーグなどは、無意識のうちに可算選択公理を使ってしまっている。

従属選択公理

有限集合の族に対する選択公理

集合族の要素を特定の有限集合に制限した公理も研究されている。即ち、

    ACn : n元集合からなる任意の集合族は選択関数を持つ。

という形の公理である。

この種の公理について以下のようなことが知られている(すべてZF公理系を仮定)。

  • AC2 選択公理  AC4
  • 選択公理  ならば AC2 選択公理  ACn
  • 選択公理  について ACn が成り立つ仮定の下でも、「有限集合からなる任意の集合族は選択関数を持つ」(Axiom of choice for finite sets)を証明できない。
  • ZFでは AC2 を証明できない。

AC2 選択公理  AC4を示すには、4元集合からなる集合族 選択公理  に選択関数が存在することを示せば良い。まず 選択公理  に AC2 を適用して、選択関数 選択公理  を得る。次に 選択公理  を使って 選択公理  の各元 選択公理  から元をひとつ取りだすことを考える。集合 選択公理 選択公理  とおくと、選択公理 選択公理 6元集合となる。選択公理  の元 選択公理  に対し、選択公理  という関数を定め、選択公理  の最小値を 選択公理  とおく。集合 選択公理 選択公理  とおくと、選択公理  は4元集合なので 選択公理  の濃度は 選択公理  のいずれかであるが、選択公理 と仮定すると、選択公理 となり矛盾する。選択公理  である場合は、選択公理  の元を選択関数 選択公理  の値とすればよい。選択公理  の場合は、選択公理  とする。最後に 選択公理  である場合は、選択公理  の元を 選択公理  の値とすればよい。

脚注

注釈

出典

参考文献

  • 田中尚夫『選択公理と数学――発生と論争、そして確立への道』遊星社(出版) 星雲社(発売)、1987年5月。ISBN 4-7952-6857-6 
    • 田中尚夫『選択公理と数学――発生と論争、そして確立への道』(増補版)遊星社(出版) 星雲社(発売)、1999年9月。ISBN 4-7952-6890-8 
    • 田中尚夫『選択公理と数学――発生と論争、そして確立への道』(増訂版)遊星社(出版) 星雲社(発売)、2005年10月。ISBN 4-434-06805-9 
  • 日本数学会 編『岩波数学辞典』(第4版)岩波書店、2007年3月15日。ISBN 978-4-00-080309-0http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/08/3/0803090.html 
  • ケネス・キューネン、藤田博司『集合論―独立性証明への案内』日本評論社、2008年1月。ISBN 978-4535783829 
  • Lynn Arthur Steen, J. Arthur Seebach Jr. (1995). Counterexamples in Topology (Dover Books on Mathematics) (New ed.). Dover Publications. ISBN 978-0486687353 

関連文献

  • Bell, John L. (2009-11-23), The Axiom of Choice, Studies in Logic Series (Paperback ed.), United Kingdom: College Publications, ISBN 978-1-904987-54-3 
  • Jech, Thomas J. (2008-07-24), The Axiom of Choice, Dover Books on Mathematics (Paperback ed.), United States: Dover Publications Inc., ISBN 978-0-486-46624-8 
  • Moore, Gregory H. (2013-03-21), Zermelo's Axiom of Choice: Its Origins, Development, and Influence, Dover Books on Mathematics (Paperback ed.), United States: Dover Publications Inc., ISBN 978-0-486-48841-7 

関連項目

外部リンク

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