軽減税率: 生活必需品に対し税率を安く設定すること

軽減税率(けいげんぜいりつ、VAT relief)とは、標準税率より低い税率を適用すること、または適用される税率をいう。日本では、2019年(令和元年)10月以後に導入された消費税の軽減税率制度をさすことが多い。以下本項では消費税における軽減税率について主に記述する。

実状と単一税率による再分配との比較

フランスで1950年代に「付加価値税」が導入された。これを真似た各国は付加価値税導入時の国内の反対論に妥協し、軽減税率を導入した。これは、後に専門家から事務コストの高さから単一税率にすべきと批判されている。軽減税率の実状として、標準税率のみの場合に対して、納税コストや煩雑さや、より高価なモノを買う高所得消費者ほど払う消費税金額が減少する(税収が減る)ことで本来の目的でもある低所得への分配が減らされる制度という指摘があり、欧州でも軽減税率を廃止して標準税率一律にしようという動きがある。

富裕層にも適用される不効率・多額消費者(高所得家計)ほど恩恵

軽減税率には、 富裕層にも軽減税率が適用される不効率さが指摘されている。そして、軽減税率は「低所得者の負担の軽減」という名目で政策導入が検討されているが、多額の消費する高所得者ほど軽減税率の恩恵をより大きく受けることになる。実際には、低所得者対策として有効でないことなどから、多くの経済学者や専門家は軽減税率に反対し、単一税率を要求している。

これは「すべての国民に一律で軽減措置を行うことで、高所得者も軽減措置を受ける」ためで、食品などの生活必需品とされる品物においても、高所得者は低所得者に比べ多くの金額を支出していることから、より多くのVAT軽減措置を受け、より大きく恩恵を受けることになるためだ。また軽減税率導入の結果として本来国が得る税収を減らすことにもなる。

また、財務省が消費税率10%への引き上げ時に導入する軽減税率制度の家計への効果を試算したところ、負担軽減額は収入が多い世帯ほど大きくなり、民間試算と同様の傾向が表れた。日本労働組合総連合会(連合)は軽減税率は高所得者優遇であるとして一貫して反対しており、代わって給付付き税額控除の導入を求めている。

OECDは食料やエネルギー製品などの品目へ軽減税率を適用することは、これによって最も恩恵を得るのは高所得家計であるため「低所得家計への支援策として劣った手段である」と勧告した。

区分の困難・事務コストの高さ・me tooシンドローム問題

軽減税率には、単一税率よりも税率振り分けの困難さが指摘されている。さらに欠点として、単一税率よりも不正機会発生率、行政コスト・法順守コスト、事務コストの高さが指摘されている。ヨーロッパ連合は消費税を加盟国の共通税制と定めており、加盟国に導入が義務付けられている。加盟国に軽減税率については規定がないが、消費税の標準税率を15%以上に義務付けている。加盟国ではデンマークのみが軽減税率の導入をしていない。代替措置として、広範なベーシック・インカムを設けている。軽減税率を導入しない国は軽減税率で税収を減らすよりも同じ税率で効率的に集めて財源確保する方が効率的とから一律税率にしている。さらに、一度軽減税率を導入して例外をつくると「me tooシンドローム」と呼ばれる軽減税率適用を次から次に自分たちに適用するように求める事態やロビー活動が起きるため、それを防ぐ効果もある。

制度の複雑化による様々な負担・運用コスト

軽減税率により消費税を複雑化することにより、税額控除、事務負担、税務執行による様々な仕事が増え多くの運用コストが発生することになるという指摘もある。導入時において具体的な仕組み作りや税率可変できるシステムの導入が課題とされている。また、事業者による仕入れ業務も変化を求められており、複数税率に対応するため「インボイス制度」(適格請求書等保存方式)が2023年(令和5年)10月以後導入される予定になっている。

税収減少による財政悪化・代替による標準税率上昇

2014年に日本の内閣府が示した中長期財政試算では、消費税の軽減税率導入に伴う代替財源が確保されていないことが影響し赤字額が増える見込みとなっている。消費税率10%への引き上げ時に導入する軽減税率では1兆円規模の減税となる見通しで、このうち6,000億円程度は財源のメドが立っていないため2020年度の赤字額が増える見込みとなり、軽減税率導入による財政悪化が懸念されている。

2019年2月5日、「軽減税率」導入で見込まれる歳入減をめぐり財務省がまとめた財源確保策の詳細が明らかになり、たばこ税の引き上げなどで年間計1兆810億円程度を確保できると試算したが、軽減税率による減収見込みは1兆890億円程度とされ、約80億円が不足する計算となった。新たな財政確保策は検討しない。

軽減税率による税収減に伴い標準税率が高くなるデメリットがある。

各国の軽減税率の区分と問題

欧州諸国では多くの国で消費税に軽減税率が導入されている。しかし、税制の専門家などでは欧州諸国の軽減税率は失敗の経験として、軽減税率導入は否定的に捉えられている。

欧州諸国における軽減税率は、経済困窮者への配慮などといった福祉政策的な観点によって作られた制度ではない。1960年頃の欧州では分野により税制が大きく異なるものが多数あり、それらの統一を図ろうとしたものの各所からの抵抗や反発の結果、政治的妥協として消費税に複数の税率が適応される事態となったことがその経緯だ。

2015年、EU加盟国28カ国中21カ国で軽減税率が適用されている。区分けや税率は各国で違いがある。例えば、カナダでは「ドーナツ5個以内」は「外食」とみなし消費税6%を課税し、「ドーナツ6個以上」は「その場では食べられない」とみなされ「食料品」となり、消費税は非課税となる(2013年1月時点)。ドイツではハンバーガーを食べる場所により変わり、店内で食べると「外食」とみなし消費税19%を課税し、「テイクアウト」にすると「食料品」とみなし、消費税を7%に減税している(2013年1月時点)。

なお、日本で、マクドナルドやバーガーキング、ケンタッキー・フライド・チキン、牛丼の松屋・すき家などのファストフードでは、税込同額の設定をしている例がある。同様の制度は、フランスやスペインにおいても見られる。

欧米諸国では各業界団体が軽減税率の適用を求める問題や軽減税率導入によって税収が減り、社会保障費を賄うためには予算不足なために将来的な基本消費税率が高くなっている。

日本では、軽減税率制度の導入に向けて国税庁が個別の対応事例を作成している。それによれば、例えば、「アルコール1%以上のみりん」は酒税法で規定する「酒類」に該当するので軽減税率の対象外であるが、アルコール1%未満の「"みりん風"調味料」は飲食料品になるため、軽減税率が適用される。

軽減税率と単一税率のC効率性比較

日本

2019年10月の軽減税率導入前まで、単一税率であったために、課税ベースの広いという消費税制度の優れた性質を活かしてC効率性は世界5位を誇っていた。しかし将来的には標準税率は軽減税率導入のための税収減少分引き上げられていく予定なので、軽減税率と標準税率の差拡大の度のC効率性の順位下落が確実視されている。

単一税率国

ニュージーランド

広い免税範囲・7種類の従価税率7と12種類の特別税率という複雑な税率構造であること、サービス業へは非課税であること、製造業者から直接購入できる大規模小売業者に有利であることなど、従来の卸売売上税の歪みや歳入における個人所得税への極端な依存を是正し、社会保障給付の増加と保護主義的な経済政策で拡大した財政赤字の削減などのために消費税が1968年に10%で導入された。1989年に12.5%へ消費増税されたことで、1994年からGDP比の財政収支が黒字に転じた。経済に対して最も中立的な付加価値税の制度を設けているので世界2位のC効率性を誇っている。1999年にニュージーランド政府は最小のコストで安定した税収を得るためには、課税ベースの拡大と単一かつ定率の消費税だとの方針を示している。1986年の軽減税率無しの10%の消費税導入に日本のような国民の反発はなかった。背景として、ニュージーランドでは社会保障費の制度を中負担中福祉にすること、低所得者には消費税による軽減税率を行わないことにより増えた税収から、後で多く再分配する方が、小売店や役所の負担軽減と軽減税率計算処理による納税コスト軽減や格差是正には効率的との政府の方針を国民が受け入れたためとされている。また、2006年に付加価値税収の総税収に占める割合は24.4%となっている。

デンマーク

1967年に福祉国家建設のための予算不足のために広く安定した課税ベースを確立することを目的にデンマーク社会民主党によって軽減税率無しの10%で導入された。1970年代に20.25%台にまで引き上げられた後に、1992年から現行の25%になった。軽減税率は、歳入減少の財政負担や徴収の効率化、また適用対象品目の区別などが困難であること、逆進性への対処として、一律25%の消費税による税収を後で社会保障給付によって再分配を行う方が効率的として導入しなかった。2006年の対総税収比では、個人所得税負担の割合が51.3%と突出しており、付加価値税の割合は21.3%となっている。デンマークは、自国企業の国際競争力や外資誘致のために法定実行税率も低く、高負担高国家として国民の手厚い社会保障の財源は基本的に高い所得税と消費税で7割以上も賄われている。これは、同じ北欧で25%の消費税で6%の軽減税率があるスウェーデンを上回るC効率性となっている。スウェーデンの付加価値税がデンマークよりもC効率性は低い理由には、軽減税率を導入していること、消費者を顧客とする小売・サービス業で発生しやすい脱税や、現金を用いない電子商取引の発達、税率の低い隣国での国境を越えた買い物による租税回避が挙げられている。軽減税率を導入せずに消費税の税率が全て一律なため、デンマークは世界で最も課税ベースが広い国であるとされている 。

日本の軽減税率導入をめぐる指摘や課題


飲食料品への適用

軽減税率が適用される飲食料品は、「食品表示法に規定する食品」(酒税法に規定する酒類を除く)と、厳密に定義されている。飲食料品の定義は問題にならなかったが、「外食」は従来通りの標準税率と決めたため、その線引きが問題となった。これは、元をたどると、軽減税率導入を検討する過程で、「高級料亭での飲食も軽減税率が適用されては、低所得者対策にならない」として公明党が「外食」を適用から除外するよう要求して合意したことに起因する。

軽減税率を適用しない外食を定義する必要性が生じたため、検討の結果、軽減税率が適用されない外食を食品衛生法上の「飲食店営業などで、テーブル、いす等を設けて飲食させるための設備を置いた場所で、食事を提供する」ことを定義した。すなわち飲食を提供する場所を指定して飲食すれば適用対象とはならない。ただし、学校給食老人ホームでの食事は、生活を営む場で他の形態で食事をとることが困難なため、軽減税率の対象となったとされている。

食品(お菓子)と食品以外のおまけがセットされている「食玩」や器に入った「おせち料理」などの商品(「一体資産」という)については、価格が1万円以下で食品の割合が3分の2以上あれば軽減税率の対象とされたが、商品によって税率が混在している状況である。

新聞への適用について

森信茂樹中央大学法科大学院特任教授は、軽減税率が新聞にも適用になった理由として、「この決定は、読売新聞社の最高権力者の強い要請に応えたものと思われる。筆者はこの件について、一部新聞の世論操作的な報道に強い警鐘を鳴らしてきた。いずれにしても、これで読売をはじめとする新聞社は、安倍政権に大きな借りをつくった」と指摘している。

堀江貴文は『5時に夢中!』(TOKYO MX)の番組内で、公明党が自民党に対し執拗に新聞を対象に含めるよう求めてきた理由として、「公明党の支持母体である創価学会が発行する聖教新聞消費税が8%から10%になったら、(購読者が)激減する可能性が高く、聖教新聞を守るため」ではないかと主張している。

2015年10月15日、朝日新聞と読売新聞、毎日新聞など日本全国の新聞会社や通信、放送各社の代表らが参加した「第68回新聞大会」が日本新聞協会主催で開かれ、消費増税に伴う新聞への軽減税率適用を求める特別決議が3年連続で採択された。日本新聞協会会長で読売新聞東京本社社長の白石興二郎が、ヨーロッパを始めOECD加盟国のほとんどが、社会政策として新聞に対しゼロ税率か軽減税率を適用しているとして、「新聞の軽減税は世界ではある程度一般的」「読者の負担を減らすことで情報、知識へのアクセスが容易となり、結果的に減税措置は社会に還元される」と軽減税率適用の意義を訴え、新聞への軽減税率適用を求める特別決議を採択した。特に読売新聞社は新聞への軽減税率適用を強く求めており、首相と食事するなどロビー活動して新聞への軽減税率適用を訴えてきた。

週2回発行される定期購入契約された新聞が軽減税率の対象で、電子版の新聞やコンビニエンスストアキヨスクで販売される新聞は、軽減税率の対象外。

インボイス制度導入

消費税率が一律の場合は、仕入れ額や売り上げ額が分かれば、それに消費税率を乗じて消費税額を簡単に計算できた。しかし、軽減税率が導入されると商品ごとに税率が異なるため、商品ごとの税率や税額が分かる書類が必要になる。そこで導入が決ったのがインボイス制度である。連合は長年クロヨン解消のため、強力にインボイス制度の導入を支持している。

しかし、インボイス制度により益税が失われるため、中小企業の経営悪化が懸念される。現在、売上高が1000万円以下の事業者のほとんどは消費税の納付の必要がない「免税事業者」になっている。インボイス制度では、消費税率や税額が書いたインボイスを保存していることが求められるが、インボイスを交付できるのは税務署から登録を受けた課税事業者に限られ、売上高1000万円以下の免税事業者はインボイスを交付することができない。そのため売上高1000万円以下の免税事業者は事業者間取引から排除され、経営悪化に直面することが懸念されている。現状では2021年を目途に、商取引への影響を検証し、必要な場合には一定の措置を講ずることとされている。今後、インボイス制度に関する議論の動向に注目する必要がある。

その他の指摘

日本経済団体連合会日本商工会議所を初めとする9団体は、軽減税率に反対し、単一税率を維持すべきであると主張している。その理由に社会保障制度の持続可能性を損なうことと、かつ複数税率による事務負担を挙げている。

古賀茂明は、「軽減税率は財務省が特定の品目を軽減対象として認める代わりに、その関連業界の団体・企業に天下りをさせ、族議員ら企業や団体からの政治献金・選挙協力という見返りを得るため」と主張している。しかし、財務省は軽減税率のために必要な財源が毎年約1兆円になることから制度には反対している。

2014年6月11日の第9回税制調査会において、特別委員が軽減税率に対する賛否を表明している。伊藤元重大竹文雄土居丈朗などが反対の立場を表明した。会長の中里実は「お二人を除いてかなり強い反対があったと理解しています」「一部の方を除くと、相当強い、全面否定に近いような意見が多くの方から出ました」と総括している。

夏野剛は2018年1月11日に、消費税増税時に日本のキャッシュレス化を進めるために電子決済だと消費税8%に据え置いて、現金決済だと10%に増税することを提言している。理由として、金銭的インセンティブによって現金をよく好んで使う高齢者と女性が一気に電子決済するようになり、日本のキャッシュレス化が進むからだと述べている。

軽減税率の実例

脚注・出典

注釈

出典

関連項目

外部リンク

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