葛西 敬之(かさい よしゆき、1940年10月20日 - 2022年5月25日)は、日本の実業家。東海旅客鉄道(JR東海)代表取締役社長・代表取締役会長・代表取締役名誉会長、取締役名誉会長を歴任した。他に、学校法人海陽学園理事長を務めた。
かさい よしゆき 葛西 敬之 | |
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2022年4月6日 | |
生誕 | 1940年10月20日 日本・兵庫県明石市 |
死没 | 2022年5月25日(81歳没) |
死因 | 間質性肺炎 |
住居 | 日本・東京都杉並区 |
出身校 | 東京大学法学部(法学士) ウィスコンシン大学マディソン校(経済学修士) |
職業 | 実業家 |
活動期間 | 1963年 - 2022年 |
団体 | 東海旅客鉄道 |
肩書き | 東海旅客鉄道株式会社名誉会長 |
兵庫県明石市出身の東京都育ち。井手正敬、松田昌士と共に「国鉄改革3人組」と称され、日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化に尽力した。
東京都立西高等学校を経て東京大学文科一類へ入学し、1963年に東京大学法学部を卒業後は日本国有鉄道(日本国有鉄道法を根拠とする公社)へ入社。国鉄からウィスコンシン大学マディソン校に派遣され、1969年に経済学修士(M.S. in Economics)を取得した。
静岡鉄道管理局(現・JR東海静岡支社)総務部長、仙台鉄道管理局(現・JR東日本東北本部)総務部長を務めたのち、国鉄本社で経営計画室主幹、職員局次長を歴任した。労働組合対策に力を注いだ。国鉄分割民営化にあたっては、松田昌士(後にJR東日本社長)や井手正敬(後にJR西日本社長)と共に「国鉄改革3人組」と称された。
日本国有鉄道が1987年(昭和62年)に分割民営化されたことにより、1987年4月1日に、日本国有鉄道から、1987年4月1日に発足した東海旅客鉄道株式会社(JR東海。JR会社法・商法(当時)を根拠とする株式会社)に転籍し、JR東海取締役総合企画本部長に就任。
1990年にJR東海代表取締役副社長に昇格し、2018年までの28年に渡って、JR東海代表取締役を務めた。
1995年にJR東海代表取締役社長、2004年にJR東海代表取締役会長。
2014年にJR東海代表取締役名誉会長。「JR東海は、3名の代表取締役(名誉会長・会長・社長)によるトロイカ体制へ移行した」とマスメディアに報じられた。
2018年に、1990年から28年にわたって務めたJR東海代表取締役を退き、JR東海取締役名誉会長。
2020年に、JR東海が発足した1987年から33年にわたって務めたJR東海取締役を退き、JR東海名誉会長。JR東海における「会社法を根拠とする、株式会社の機関」を全て退いたことにより、JR東海の経営の第一線から退いた。
2022年5月25日、間質性肺炎により死去、81歳没。松田昌士の死去から2年後のことであった。これにより国鉄改革3人組の存命者は井手正敬のみとなった。
その他、東京大学、皇学館大学、名城大学などの客員教授や特別招聘教授を務め、産経新聞の「正論」、読売新聞にコラムを連載するなど様々な分野で活動していた。財界を代表する「親米保守」の論客であった。トヨタ自動車、東海旅客鉄道、中部電力の共同出資による全寮制男子校海陽学園の理事長も務めていた。
2000年9月11日およびその翌日にかけての東海豪雨で、JR東海は東海道新幹線の無理な運転続行を強行したため、のぞみ20号(博多発東京行)が22時間21分遅れで終点の東京駅に到着するという、開業以来最悪の遅延を記録した。そのほかにも東京ー米原駅の間で70本近い列車が団子状態でストップし、全面的に不通となった。
最終的に5万人を超える乗客が車内に取り残され、一夜を明かす事態となったことについて、JR東海はもっと早く運転を見合わせするべきだったという批判に晒された。葛西はその数日後に開かれた社長定例会見で、「あれは未曾有の大災害が原因で、正常で適切な運行だった」と発言し、会社として大きな批判を浴び、後の会見で「多くの乗客にご迷惑をおかけしました」と謝罪した。
川崎重工業が海外への積極的なビジネスチャンスを求めて、当時の川重大庭浩会長、大橋忠晴社長、のちに同川重社長となる長谷川聰らと組み、中華人民共和国(中国)への新幹線車輌(E2系)技術を提供したのが、井手正敬や葛西と共に「国鉄改革3人組」の一人に挙げられるJR東日本の松田昌士会長だった。
しかし、川重側の契約の杜撰さもあって、中国側に国家ぐるみで新幹線車輌技術を盗まれ米国やアジア諸国への売り込みを許したばかりでなく、契約の拡大解釈ないし詭弁の類いで米国などへ国際特許出願までも許してしまったとされている。この松田昌士に対して、終始一貫して中国への新幹線技術移転に反対する発言をしていた葛西とは、好対照をなしていたと評されている。
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