ナチス式敬礼(ナチスしきけいれい)またはヒトラー式敬礼(独: Hitlergruß )、ドイツ式敬礼(独: Deutscher Gruß)は、国民社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)やナチス・ドイツが採用した敬礼。
一般には古代ローマで行われたと認識されているローマ式敬礼を、20世紀にイタリアでベニート・ムッソリーニらが復活させ、更にドイツでナチスが採用した。日本では「ナチス式敬礼」と呼ばれる場合が多い。「ファシスト式敬礼」とも。
直立の姿勢で右手をピンと張り、一旦左胸の位置で水平に構えてから、掌を下に向けた状態で腕を斜め上に突き出すジェスチャーによる敬礼。通常は「ハイル・ヒトラー」(独: Heil Hitler、ヒトラー万歳)または「ジークハイル」(独: Sieg Heil、勝利万歳)の声を付随させる。これはヒトラーへの権力や力の集中、忠誠を意味しており、これを受ける唯一の存在である総統ヒトラー自身は、挙手(賛意を表したり発言許可を求める形態と同じ)のジェスチャーによる答礼でこの敬礼に応える。ヒトラー以外の人は同じ敬礼で応える事が義務であった。
なおヒトラーと袂を別った反ヒトラー派のシュトラッサー率いる革命的ナチスの場合は、同じようなスタイルで「ハイル・ドイチュラント」(独: Heil Deutschland、ドイツ万歳)と言った。
元々ナチス党内部の組織として発足した突撃隊や親衛隊では公式な敬礼として用いられ、国防軍でも1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件以降、従来の一般的な挙手注目敬礼ではなくこの敬礼が求められるようになった。
第二次世界大戦後のドイツでは、ナチス式敬礼は「ナチ賛美・賞賛」と見做され民衆扇動罪で逮捕・処罰の対象となる。オーストリアでも同様な法律があり、取り締まりの対象になっている。2006年、ドイツで店のクリスマスディスプレーで右手を斜め上ではなく、天に挙げた複数のサンタクロース人形が、ナチス式敬礼とされ問題となり撤去された。2014年5月、アメリカの洗剤メーカーP&Gがドイツ国内で発売した洗濯洗剤に書かれた「88」が「ハイル・ヒトラー」を暗示するとされ、アドルフ・ヒトラーのフルスペルを暗示するとされる「18」が書かれた別製品を含め、出荷停止となった。2015年7月、オーストリアでは自動車のナンバーに1・8・19の三つを使うことが禁止され欠番に決まった(それぞれA、H、Sに当たるため。1919=SSで親衛隊の略になる)。
処罰の対象は、ドイツを訪問する外国人観光客でも例外はなく、2017年8月には連邦議会議事堂前を訪れた中国人がナチス式敬礼をしたとして警察に拘束、それぞれ500ユーロの罰金を科されている。また、警察沙汰ではないものの酔ったアメリカ人若しくはイギリス人が酒場でナチス式敬礼をした後、何者かに暴行を受けるといった事例も存在する。
今日、ネオナチなどは摘発を避けるためにこの敬礼を行う事を避け、肘を伸ばした右腕を斜めに上げ、親指と人差し指と中指のみを伸ばすキューネン式敬礼 (Kühnengruß) を行う事が多い。本来は宣誓のための挙手であったが、転じてヒトラーへの忠誠を誓うという意味を持たせるようになった。1970年代のネオナチによって抵抗の敬礼(Widerstandgruß、三本指は頭文字のWを示す)として使われ始め、1992年にネオナチ指導者のミヒャエル・キューネンの姓をとってキューネン式敬礼と改称された。
現代のドイツでは、学校などで生徒が挙手する際、人差し指だけを伸ばしてナチス式敬礼に見えないようにするのが一般的である。
隠語として 88 (achtundachtzig) とも呼ばれている。これはアルファベットで H が 8 番目である事から Heil Hitler を意味するとするものである。
ナチス式敬礼はローマ式敬礼に倣ったものであり、また類似のジェスチャーにはアメリカ合衆国のベラミー式敬礼などがある。
ドイツ共産党員は「 "Heil Moskau!"(ハイル・モスクワ!)」と叫び、右手の握りこぶしを掲げる敬礼を行った。ナチス式敬礼との違いは掲げる手の平を広げるか、閉じるか(握りこぶし)だけだった。
中東に於いては、パレスチナ警察やシリア陸軍、レバノンのシーア派武装組織ヒズボラがナチス式敬礼を行っている。
イタリアのサッカー選手パオロ・ディ・カーニオが試合中パフォーマンスとして度々ナチス式敬礼をし非難されたが、古代ローマ式敬礼と主張している。スイスでは「宣伝目的でない限りヒトラー式の敬礼は罪に問われない」とする連邦最高裁判所の判例がある。
なお日本では高校野球での選手宣誓や、国民体育大会での選手行進時の表敬などで類似のジェスチャーが使用されており、2007年に東京で開催された第50回市民体育大会などで議論が発生した。
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